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2012.01.13 いつも2番手
でいるのがいいなぁーとずっと思って来ました。高校時代も何をやるにもいつも副委員長格。神輿は担がれるよりも担ぐ方が楽ちんと思っていました……ってそんな話じゃなくて、フランスの話。今日「露仏協商」という文字を眺め、ふと考えたのです。どの国と組み合わされるにしても、フランスが最初に来ることってないんじゃないだろうかと。

・ドーバー海峡は?→「英仏海峡」
……まぁいつの時代にも英国には勝てないっていうことですかねー。

・ロシアとの同盟は?→「露仏同盟」
…まぁロシアは大きいですしねー。

・プロイセンとの戦争は?→「普仏戦争」
…まぁ戦争には負けましたから仕方ないですかねー。

・じゃぁ清国との戦争は?→「清仏戦争」
…あれ、事実上勝ったのに! まぁ昔の話ですしね…。

・ユーロ危機に際してのサルコジとメルケルの会談は?→「独仏首脳会談」
…現代の話ですが、朝日から産経まで各紙とも「独仏」でした。

この常時2番手っぷりはすごい。。。
 ブログを更新する時はevernoteか何かにテキストを打ち込んで、それをペーストしようと思っていたのに、うっかり直接ぽちぽち入力して「更新」ボタンを押したら、入力している間に接続が一度切断されていたらしく、ログイン画面が表示。この時点で嫌な予感はしていたものの、書いたものは見事に消え去っていました。今回は、ボク自身の関心度もかなり高い「メール論」について思いのたけを述べたんだけどなぁ。そんなもの、人様にお見せするようなものではありません、という戒めということですかね。苦笑
2012.01.09 昔のブログ
 ってどうなっているんだろうと思って検索をかけてみたところ、このブログを作った2007年7月以前に持っていたブログがまだ残っていました。2006年11月から8か月間の記録。学生時代は日記を付けていなかったので、日々どんなことをして過ごしていたのかは記憶が曖昧なところもあって、その頃の記憶を呼び起こす良い機会になって面白かった。人格そのものは何も変わっていないと思うけど、文章の書き方とか、ブログに対するスタンスとか、いろいろ違うものですね。いま読むと、当時のことをあれこれ思い出してそこそこ面白かったです。全然覚えていないけど村上龍の『イビサ』とか読んでいたんだとか、誰かのこの発言は覚えているけどそれに対して別の誰かはこんなリアクションしていたのかとか。

 この昔のブログ、開設当初「実は5番目のブログ」というタイトルでやっていたことは覚えているので、あと4つブログを持っていたはずなのですが(同時並行的に持っていたわけではなくて、次から次へとブログを渡り歩いて使っていた。)、残りの4つについてはタイトルを微塵も思い出すことができないので、検索しようにもすることができず、ちょっと残念な感じ。あと、メールボックスも大学のアカウントを使っていたので、当時、誰とどんなやりとりをしていたのかがわからないんですよね、これも残念。だから今も、少しでもプライベートな要素を含むやりとりは職場のアドレスではなくてgmailでやりたいなと思うわけです。メールをずっと保存できるというのも、ガラケーにはないけどスマホにある良いところかもしれませんね。それにしても残り4つのブログのタイトル、なんだったかなぁ……。
 一応まだ新年ということで、暇つぶしにブログのデザインを変えてみました~。久しぶりにちょっと正統派な感じというか、似つかわしくない爽やかな感じにまとめてみました。落ち着かなくてまたすぐに変えるかもしれないけれど。笑 もっとこう、機動性高く、自分の思うがままにデザインできないもんですかね。まぁそのあたりの技術を持っていなくても手軽に作れるのがブログの魅力なんでしょうが、そこらへんの自由度は技術的にももっと上がっていていいのではないかねぇー。まぁ、この写真はこれはこれでとても綺麗だから良いのだけど、どうせだったら自分の撮った写真とか使いたいなぁ、と(あ、プロフィール写真は自分のです。パリ郊外のランブイエ城にて。)。まぁ、HTMLをちょろっといじればできるんでしょうが、そこまでの意欲はないというわけでして。ならこれでいいじゃんって? ごもっともです。

 「暇つぶしに」とうっかり書きましたが、別に暇で暇でしょうがないというわけではなくて、やろうと思えばやることはあるにはあるのだけど、どうもまだ正月モードが続いております。2月から学校の授業が再開するのに合わせて、今月末又は来月初旬までに出す必要のある課題もいくつか送り付けられて来ているし、今月末に終わる実務研修のレポートも書かなきゃいけないしというわけで、昨日は今月末に出す課題のうちの1つを片付けちゃお~と思ったのです。やり始めて、今日は参考資料をひと通り読むだけで書くのは明日という計画変更を施して今日を迎えたわけですが、まったく手つかず。まだ日数あるし、明日以降平日にちょこちょこやれば良くない?という感じになってきました。まぁ、月末(正確には23日)までの課題を8日にやってしまおうという時点で、普段のボクの仕事の仕方からはかけ離れたことをやっているわけで、こうなることはわかりきっていたとはいえばわかりきっていたのですが。年が明けて心機一転したと思われた自分にちょっと期待し過ぎましたね。笑 とはいえ、やらなければいけないことをすべて月末にこなすというのは物理的に不可能と思われるので、徐々に目処をつけていかなくてはいけません。まぁ、まだ日数はたくさんあるので、全然余裕ですが(懲りない。)。
 なんてまさか26歳にもなって言われるとは思っていませんでした。facebookで10年以上あっていない10歳年上のいとことつながり、メッセージ機能でやりとりをしている際にプロフィール写真を見て言われた台詞。まぁ、そりゃね、もう中学生じゃないんだから、そりゃ大きくもなりましたよ…。顔写真を見ても最初は誰かわからなくて「誰からだろう?」と思ったとのこと、中学生なんてもうすっかり今と同じ自我が形成されていたと思うけど、見た目はそんなに違うもんなんですかね。日本に帰ったら、昔の写真を引っ張り出してfacebookにアップしたりしようかな。笑

 もう26歳になったので、周りからは気を付けないと今ぐらいから今度は横にも大きくなり始めるぞと脅されていると返信したところ、たしかに気を付けないとオレみたいになるぞ、と返って来た。よくよく聞いてみると、20代後半の頃から比べて13kg増えたのだとか。あなおそろし。結構イケメンのお兄ちゃんだったんだけどなぁ。フランスに来てからまったく体重は測っていないのだけど、日本を出る直前の体重に13kg加えたら、結構すごいことになります。それは困る。困るけど、運動もしていないし、うまいもの食べているしなぁ……年齢とともに代謝が落ちるのって防ぎようがないのかしら…いや、運動することによって防げるということですよね、はい。。。

 なんか話が妙に現実的な、かつ、暗い方向へと進んでしまいましたが、要はこの年になって「ずいぶん大きくなったね」なんて言われて新鮮でしたという話でした。ちゃんちゃん。
2012.01.04 恭賀新年
 というわけで、明けましておめでとうございます。三が日は何も生産的なことはしないと心に決めて、27回目の正月を迎えているわけですが、フランスという国は年始は割と早くから働き始めるので、なかなかそうも言っていられないなぁと思っていました。実際、休暇を取っている人も相当数いるとはいえ、仕事始は(そもそもこの人たちは割と自由に休みを取るので一斉に仕事を始める日という意味での「仕事始」という概念を持ち合わせているのか謎ではありますが。)2日(月)でした。ボクも旅行先のロシアからは元旦に帰国し、2日(月)から出勤したわけですが、休む人も多いためか、午前中に定例の会議は1つあったものの、あとは穏やかに時間が流れて行っただけでした。本3日(火)もそんな感じだったので、実質的な意味において「三が日は何も生産的なことはしない」という大方針は曲げずに済んだと言えるかもしれません。

 年末は23日から旅行に出てしまっていたため、ブログを更新することがかなわず、皆さんがこぞってやっていらっしゃる「今年の10冊」とか「今年の10枚」とかの流れにはすっかり乗り損ねてしまいました。もっとも、昨年はボクにしては本を読んだ方だと思っていますが、それでも本を読むスピードが元来ものすごく遅いので、冊数にするとたかがしれているわけで、その中から10冊も選んだら、読んだ本のうち相当の割合の本がそこに入ってしまうよという状況なので、ボクがこの企画に便乗することはあまり意味がないことかもしれません。

 自分でも何を書いているのかあまり判然としなくなってきましたが、要するに年始一発目の投稿ということで、それらしいことをちょっと書いてみたかっただけです。年始というよりは年末の話になってしまいましたが。ちなみに、ロシア旅行は最高でした。追い追いfacebookに写真をアップしたり、ここにも見て来たもの/感じて来たことをたくさん書けたらと思っていますが、とにかくこれ以上ないほどのホスピタリティで同僚に歓待してもらい、限られた時間の中でとても贅沢な旅をしてきました。

 年始ということで、新年の抱負というのを書いている人もたくさんいますね。抱負らしい抱負、持たなくてはいけないなぁと毎年思いはするのですが、いつも、大したことを考える間もなく新しい年が幕を開けてしまい、今年も同じ展開でした。ちょうど研修が終わる年でもあるので、今からでも何か考えますかね。何はともあれ、本年も御贔屓によろしくお願いします。
2011.12.23 最終回40%台
 なつかし画像特集というわけではありませんが、「家政婦のミタ」の最終回が関東地区で視聴率40%を記録したというニュースに接し(どんなドラマなのかは全然知りませんが。)、「ドラマ・最終回・40%台」というキーワードから思い出されるのは、ボクたちの世代にとっては当然この作品なわけです。初回の一番最初とか、中盤のいくつかの名シーンとかを復習してから(笑)、最終回をがっつり見てしまいました。いやぁ、やはり名作。



 たしかよく年末に3~4日で一気に再放送するというのを一頃はやっていたような気がしますが、去年・今年あたりはやっていないのかしらん。たしか中3の時にはほぼ学年全体でスキー合宿に行ったのだけど、夕方はみんながトランプか何かで盛り上がる横で、一人でテレビで釘付けになっていました(笑)。その後、youtubeに助けられて何度か見る機会に恵まれ、何度となく見ているのですが、今日見て初めて認識したことには、劇中で杏子は27歳という設定だったのですね。もうすぐ同い年。中学生の時は23歳と29歳の違いも感覚的にはまったく理解していなかったものの、登場人物の年齢をこれほど身近に感じる時が来るとは。苦笑 お兄さんお姉さんのお話だと思っていたのになぁ。

 泣きどころの多い最終回、もちろん直球ストレートの泣きどころもあるのですが、ボクとしては水野美紀(何も「水飲み器」って変換しなくても良いんじゃないの…)演じるサチが、杏子がサチの赤ちゃんのために内緒で編んでいた靴下を発見するシーンが、昔からグッと来るのです。それはつまり水野美紀が名演を披露しているということか…? 今日改めて見ておもったのは、劇中の状況がどうというよりは、水野美紀の涙にもらい泣きしてしまう要素がとても強い気がしたので。なんにせよ、話の筋からすると傍系だけど、良いシーンですな。真面目に、DVD買おうかな…DVDを買っても元を取れるぐらいの回数は既に見ているし…。

 そして年末、昨年も同じことを考えましたが、フィギュアの全日本選手権を見られないのが一番痛い。
って御存知ですか。こんな曲です。いい曲です。13年前の曲かな。




 SPEEDの今井恵理子氏の初のソロ曲です。ALL MY TRUE LOVEのB面か何かに入っていた曲なのでソロ「デビュー」曲ではないのだけど、記憶が正しければこの曲で単独でテレビの歌番組にも結構出ていたし、その頃ラジオでも結構流れていた気がします。テレビの歌番組をもれなく見ていたり、夜はラジオとお友達になっていたり、そんな中学1年生だったのです、ボクも。SPPEDとしてのA面もかなり好きな曲ではあったのだけど(今でこそカラオケで彼女たちの歌を歌うとしたら定番のWHITE LOVEばかりだけど、実はこっちの方が好きかもというぐらい。)、むしろ「冷たくしないで」が更に好きでした。懐かしいなぁ。そんな冬の歌。
 年賀状シリーズ第2弾です。年賀状という習慣が将来に残されるべきものであるということは既に第1弾で書いたところですが、そんなことを言っても実際に書ける年賀状の数には限りがあるわけで(書こうと思えば1000枚だって2000枚だって書けばいいだけの話で、厳密に言えばそんな「限り」はないのだとボクは思いますが。とはいえ、限られた時間を優先順位でいえば100番目200番目に当たるその人に年賀状を書くために使うのかという論点は常に存在するとも思うので、こうして時間をゼロサムで認識する観点からは当然に「限り」があることになりますね。)、そのために誰に年賀状を書くのかというのはよく吟味しなければいけない事柄です。

 そこで今日のテーマは、では具体的に誰に年賀状を出すのかということです。この問いには2段階の答えがあると思っているのですが、その1段階目を共有していただけない方もいらっしゃるようなのでまずはその補足から。ボクがいう2段階とは、毎年年賀状を書く際に参照するリストに載せるという第1段階と、そのリストを参照した上でその年の年賀状を具体的に発送するという第2段階です。年賀状を書く人はみんなそれを発送するために書くわけですから、第2段階はどなたにも存在する段階だと思いますが、問題は第1段階。昨年誰から年賀状をもらったのかは、極論すれば手元にある葉書を見ればわかるわけですが(当然もらった年賀状はすべて保存してあるということを前提にしていますが。)、案外、昨年自分が誰に年賀状を送ったかということがわかる状態にないという人も相当数いるのだとか。年賀状は人間関係のベースであるというボクの立論からいくと、自分の抱えている人間関係がいかなるものであるかを把握するために、このリストは必要なわけです。言ってしまえば、facebookの友達リストみたいなものですかね。

 [以下削除]
2011.12.19 年賀状の効能
 年の瀬も押し迫り、ツイッターなんかを眺めていると、年賀状を書き終わっただの年賀状を書かなくちゃだのつぶやいている友人も増えて来ました。インターネットの普及とともに、年賀状を送り合うという習慣がどんどん失われていっているということが叫ばれ始めてから、ずいぶん時間が経ちました。とりあえず今のところは、もしかしたら日本郵政の商売が上手であることによるのかもしれませんが、近い将来年賀状が絶滅するということは起こらなそうです。タイトルからもおわかりのとおり、ボクはこと年賀状に関しては守旧派なので、そのこと自体はたいへん喜ばしいことだと思っています。

 最近、といってもおそらくここ1年ぐらいの話だと思いますが、日本でもfacebookユーザーが急増しています。別にfacebookでなくても良いのですが、ああいう一般向けのSNSの利点は、中学・高校の同級生だったり、学生時代のサークル仲間だったり、現時点で必ずしも日常的な関わり合いのない人たちとの関係を何らかの形で維持できるという点なのだろうと思います。今後のビジネス利用の可能性とか、多様なアプリの導入の可能性とかいろいろな試みが模索されているようですが、実際のところ、多くの一般ユーザーは、思い出の領域に入っている又は入りつつある人たちとの交流に主眼を置いてこういうSNSを利用しているのではないでしょうか。

 ボクが年賀状に求める効能(なんていう言い方をしてしまうととてもドライに聞こえてしまい、それはまったく本意ではないのですが。)もまさにそれと同じで、たとえ一時期であっても、毎日顔を合わせたり、いろんなことを話し合ったり、いろんなことをしてもらったりしてあげたりした人たちとの関係を、みすみすゼロにしてしまうのってもったいなくないですか、というところからスタートしているわけです。1年に1回紙を送り合うだけで何が…と言うことなかれ。それすらない関係に比べれば、1年に1回近況を知らせ合うということの意味がどれほど大きいか、察するに余りあると思います。

 だから、年賀状がだんだんメジャーな挨拶でなくなってきたという現象は実に寂しいものであると日々考えているわけです。年賀状そのものがメールに押されているというのもあるし、互いの住所を知る機会がなかなかないというのも、二次的に年賀状の衰退を招いていると思います。個人情報保護という大義名分を(必ずしもそれが大義名分とならないような場面にまで)掲げて、住所をシェアするような名簿の配布というのはあまり行われなくなりました(その点、ボクが学生時代に所属したサークルでは、いまだに(正しくは、少なくとも4年前までは)帰省先の住所も含めた昔ながらの名簿を作成しており重宝しました。)。職場の同期の住所も普通は知りません。まぁ、職場の人間関係に関しては、会社を辞めでもしない限り、今後何十年か日常的に付き合っていく人たちなので、先に述べた年賀状の目的に必ずしも合致はしないわけですが。

 少し話が横道に逸れましたが、ここまで書くと、ときどき繋がりを確認するという年賀状の目的をfacebookが果たしているというのであれば、やはり年賀状は不要で、facebookさえやっていれば良いではないかという声も聞こえて来そうではあります。でも、それは違う。facebookの、ともすれば友達申請→承認で止まってしまう擬似的な人間関係、またそれ以上進んだとしても画一的な「いいね!」でなんとなく存在感を示し、認識するというだけの関係って、相手の顔を思い浮かべながら年賀状の宛名を書き、相手からの葉書を受け取ってその人の近況を知って喜び、安心するという関係とはだいぶ違うでしょう。人間関係のメンテナンスって、クリック1つでみんなが同じように存在感を示すことのできる「いいね!」ではなくて、そういうところにあるのだと思うのです(その観点から、印刷しっぱなしで手書きのコメントが1つもない年賀状については、ここでいうところの「目的」が果たされている度合いが著しく低くなると思いますし、同じ観点からボクは宛名は手書きするということをずっと信念としており、これもボクが昔から好き好んで論じるテーマではあるのですが、ちょっと論点が変わってきてしまうので詳細には立ち入りません。)。

 こういうのって現代には合わないんですかね。なんのことはない、誰彼構わずみんなに声がかかる飲み会で乾杯のビールを片手に耳に心地良いだけの挨拶を交わす関係と、この人と飲みながらがっつり話したいと思って誘ってサシ飲みに行き、そこでしか話せないようなことをがっつり話し合う関係と、どっちがより内実の詰まった関係ですかというのと、実質的に言っていることは同じだと思うんですがね。後者の方がよほど得るもの/与えられるものが大きいと思いませんか。後者のような関係のベースになるのが年賀状のやりとりだと思うのです、大げさに言ってしまえば。だから、学生時代に仲良くなった人のほとんどとは、住所を教えてもらうなどして年賀状のやりとりをしています。それに返事をもらえるかという論点も別途あるのですが、それもまた長くなるので今日はこの辺で。
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