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2011.12.19 年賀状の効能
 年の瀬も押し迫り、ツイッターなんかを眺めていると、年賀状を書き終わっただの年賀状を書かなくちゃだのつぶやいている友人も増えて来ました。インターネットの普及とともに、年賀状を送り合うという習慣がどんどん失われていっているということが叫ばれ始めてから、ずいぶん時間が経ちました。とりあえず今のところは、もしかしたら日本郵政の商売が上手であることによるのかもしれませんが、近い将来年賀状が絶滅するということは起こらなそうです。タイトルからもおわかりのとおり、ボクはこと年賀状に関しては守旧派なので、そのこと自体はたいへん喜ばしいことだと思っています。

 最近、といってもおそらくここ1年ぐらいの話だと思いますが、日本でもfacebookユーザーが急増しています。別にfacebookでなくても良いのですが、ああいう一般向けのSNSの利点は、中学・高校の同級生だったり、学生時代のサークル仲間だったり、現時点で必ずしも日常的な関わり合いのない人たちとの関係を何らかの形で維持できるという点なのだろうと思います。今後のビジネス利用の可能性とか、多様なアプリの導入の可能性とかいろいろな試みが模索されているようですが、実際のところ、多くの一般ユーザーは、思い出の領域に入っている又は入りつつある人たちとの交流に主眼を置いてこういうSNSを利用しているのではないでしょうか。

 ボクが年賀状に求める効能(なんていう言い方をしてしまうととてもドライに聞こえてしまい、それはまったく本意ではないのですが。)もまさにそれと同じで、たとえ一時期であっても、毎日顔を合わせたり、いろんなことを話し合ったり、いろんなことをしてもらったりしてあげたりした人たちとの関係を、みすみすゼロにしてしまうのってもったいなくないですか、というところからスタートしているわけです。1年に1回紙を送り合うだけで何が…と言うことなかれ。それすらない関係に比べれば、1年に1回近況を知らせ合うということの意味がどれほど大きいか、察するに余りあると思います。

 だから、年賀状がだんだんメジャーな挨拶でなくなってきたという現象は実に寂しいものであると日々考えているわけです。年賀状そのものがメールに押されているというのもあるし、互いの住所を知る機会がなかなかないというのも、二次的に年賀状の衰退を招いていると思います。個人情報保護という大義名分を(必ずしもそれが大義名分とならないような場面にまで)掲げて、住所をシェアするような名簿の配布というのはあまり行われなくなりました(その点、ボクが学生時代に所属したサークルでは、いまだに(正しくは、少なくとも4年前までは)帰省先の住所も含めた昔ながらの名簿を作成しており重宝しました。)。職場の同期の住所も普通は知りません。まぁ、職場の人間関係に関しては、会社を辞めでもしない限り、今後何十年か日常的に付き合っていく人たちなので、先に述べた年賀状の目的に必ずしも合致はしないわけですが。

 少し話が横道に逸れましたが、ここまで書くと、ときどき繋がりを確認するという年賀状の目的をfacebookが果たしているというのであれば、やはり年賀状は不要で、facebookさえやっていれば良いではないかという声も聞こえて来そうではあります。でも、それは違う。facebookの、ともすれば友達申請→承認で止まってしまう擬似的な人間関係、またそれ以上進んだとしても画一的な「いいね!」でなんとなく存在感を示し、認識するというだけの関係って、相手の顔を思い浮かべながら年賀状の宛名を書き、相手からの葉書を受け取ってその人の近況を知って喜び、安心するという関係とはだいぶ違うでしょう。人間関係のメンテナンスって、クリック1つでみんなが同じように存在感を示すことのできる「いいね!」ではなくて、そういうところにあるのだと思うのです(その観点から、印刷しっぱなしで手書きのコメントが1つもない年賀状については、ここでいうところの「目的」が果たされている度合いが著しく低くなると思いますし、同じ観点からボクは宛名は手書きするということをずっと信念としており、これもボクが昔から好き好んで論じるテーマではあるのですが、ちょっと論点が変わってきてしまうので詳細には立ち入りません。)。

 こういうのって現代には合わないんですかね。なんのことはない、誰彼構わずみんなに声がかかる飲み会で乾杯のビールを片手に耳に心地良いだけの挨拶を交わす関係と、この人と飲みながらがっつり話したいと思って誘ってサシ飲みに行き、そこでしか話せないようなことをがっつり話し合う関係と、どっちがより内実の詰まった関係ですかというのと、実質的に言っていることは同じだと思うんですがね。後者の方がよほど得るもの/与えられるものが大きいと思いませんか。後者のような関係のベースになるのが年賀状のやりとりだと思うのです、大げさに言ってしまえば。だから、学生時代に仲良くなった人のほとんどとは、住所を教えてもらうなどして年賀状のやりとりをしています。それに返事をもらえるかという論点も別途あるのですが、それもまた長くなるので今日はこの辺で。
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