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 またしょうもないことばかり考えてと思われるかもしれませんが、送別会の対義語って何だろう。歓迎会に決まっているだろうという声がそこかしこから聞こえてきそうだけど、対義語の概念を1対1対応するものだと仮定すると、歓迎会の対義語としては歓送会という独立した語があるので、歓迎会ではないだろうと。つまり送別会の対義語は存在しないのではないかというのがとりあえずの結論です。

 歓びなくして新たな人を迎え入れることなど日本語文化圏にはないのだということでしょうか。それはそれで素晴らしいと思うけど。でも、そう考えると「歓送会」ってちょっとしっくりこないわけで。辞書をひいてみても、「歓送」とは「その人の出発を喜び、励まして送ること」とあるので、別れを惜しむという観念はそもそも想定されていないようですね。「送別」も「別れて行く人を送ること」とあって、単に歓ぶ趣旨が含まれていないというだけで別れを惜しむというニュアンスは厳密にはいずれにせよ含まれていませんが、「歓送」って、要するに「歓送迎会」という言葉を作るために生まれた言葉なのでは?と考えました。辞書にも「『歓迎』に対して造られた語」とあるので、ここからも極めて最近の造語である感じがプンプンするし。

 実際、入学や卒業のように異動の時期が定まっていない社会人になってからというもの、送別会と歓迎会を別々に行うなんていうことはほとんどなくて、「歓送迎会」という言葉はすごく便利。ただ、「送迎」「送り迎え」という言葉が既に存在するから「送」「迎」という順に文字を並べて「歓送迎会」という言葉が生まれたと思われますが、実際の歓送迎会は、これから去る人と入って来た人が一瞬だけ居場所を同じくする機会なのだから、送るよりも前に迎える作業が行われるはずで、それなら「歓迎送会」の方がふさわしくないかと。もっとも、去りゆく人にこそより大きな敬意を払うべきなのだという道徳的な観念から両者を比較し、第一に「送」の字を持ってきたのであるという可能性も考えられないことはなく、その視点はもっともだとも思うのですが。

 他方、「送迎」にしろ「送り迎え」にしろ、ある人間が目的地付近に到着し、その人を迎えに行って、同じ人をまた送りに行くという場合も考えられるわけで(ホテルの「送迎バス」とか。)、その場合は「迎送」だろう、と。「送迎」というのは、出勤や登校・登園の際に家や宿から目的地まで見送り、後で同じ人間を迎えに行くという状況にこそふさわしい熟語だろう、と。こういうと、いやいや、ホテルの送迎バスも前のお客さんを駅や空港まで送り、すぐに次のお客さんをピックアップするのだから「送迎」で正しいのだいう御意見が出て来そうですが、それは「迎える」「送る」という動作に係る主要な視点を動作主に置いているからこそ出て来る考えだと思うのです。先の道徳的観点云々ではないけれど、誠意を持って迎えたり送ったりするのであれば、その主要な視点は動作の受け手に置かれるべきではないか。そう考えると「迎送」(PCで一発変換できるようになった。笑)と言う方が適切であるという場面はあるんじゃないかなぁー。
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