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2010.10.28 ランブイエ城
 パリ滞在4日目。午前中は、今回のパリ滞在のもう一つのメインイベント、ランブイエ城往訪。パリ周辺では、ヴェルサイユ宮殿が圧倒的に有名だけど、古城がいくつもあって、そのうちの一つ。パリから急行電車で30分という立地のせいか(しかも『地球の歩き方』には54分と書いてある。)、他にも似たようなお城が複数あるせいか、観光スポットとしてはさほどメジャーではない。実際、最寄駅であるランブイエ駅に降り立っても、観光地の匂いはまったくせず。お城まで歩く道も、普通の街という感じで、フランス人の日常生活が垣間見える感じ。お城の敷地に入っても、混雑なんてまったくしておらず、むしろ地元の人たちがちょっとお散歩に来ていますという感じで、なかなか良い。

rambouillet
つたの紅い葉がからまる情緒あふれる古城Rambouillet



 しかも、城の中はガイド付きのコースと一緒でないと見られないようになっていて、ボクは11時のコースに参加したのだけど、それを逃すと次は14時だったので、そのコースも1日数回しか行われていない模様。まったく見せる気なし。笑 とはいえ、そのガイド付きのコースは、メジャーな観光地のように各国語のイヤホンガイドが用意されているようなことはないのだけれど、よく勉強しているガイドさんがあれこれ紹介してくれるし、その紹介も過度にマニアックに踏み込んだものではないから親しみやすいし、とても良かった。内部は写真を撮ることができなかったのが残念だけど、過去の国王たちやナポレオンが滞在した部屋の数々は内装も調度品も見事。コースが始まるのを待つのはかったるいなぁと思ったのだけど、参加してみて良かった。

 ちなみにこのお城、1975年に開かれた第1回サミット(当時はG8のうちカナダ及びロシアを除く6か国が参加したので、いわば「G6]?)の会場になったのだけど、説明パネルでもガイドでも一切言及なし。少し広くて大きなテーブルが置いてある部屋があったので、サミットの会議場はここだったのかと尋ねてみて、やっと教えてもらった感じ(しかもその部屋ではなく、正面の広い庭にそのまま出ることもできる大理石張りのシックな部屋だった。)。フランス人、現代史には関心がないのかしら。まぁ、あれだけ錚々たる王たちにまつわるエピソードがあれば、たしかにそれだけで十分かもしれないけど。

ガイドツアーが終わり、お腹が空いたので、ランブイエの街の中で昼食。あちこち歩き回って感じの良さそうなお店を何軒かリストアップしたのだけど、特にこの料理がスペシャリテですというものがあるわけでもないので、スープを売りにしているといういかにも地元のお店ですという感じのビストロを発見したので入ってみる。前菜にはもちろんスープをチョイス。ホウレンソウのスープだということだったのだけど、こんな器で出て来ました。斬新。メインもデザートも美味しかったので、満足。

soupe
いやー、びっくりするでしょ、しかもストロー付き。



 パリに戻り、友人と待ち合わせて一昨日と同じカフェでコーヒーを飲み(今日は、インドのコーヒーを試してみた。)、午後は1人でフラフラ。実はまだサンジェルマン・デ・プレに行ったことがなかったので行ってみる。ちょっとお昼を食べすぎてお腹がいっぱいだったので、市庁舎のあたりからてくてく。もっと華美な教会なのかと思っていたけど、内装を始め、割とシックな感じ。もちろん、当時の様子を再現すれば、色はもっと鮮やかなのかもしれないけれど、色が落ちた状態で保存しているのもそれはそれで自然で悪くない。考えてみれば、日本の古代の寺社も、本当は朱色がもっと鮮やかだったりしたはずだけど、それを本当にそのまま再現したら、逆に情緒がなくなりそうだしね。どちらも本物の姿なのであって、判断は難しいところではあるけれども。


sjd
目の前には、ルイ・ヴィトンとディオール


 更にてくてく脂肪を燃焼させ、夜は、一昨日のバイクツアーでもらったリストに載っていた良さそうなレストランで友人と待ち合わせていたのだけれど、なぜかそこにレストランはなかったので、急遽すぐ近くのレストラン「Auberge de la Reine Blanche」に飛び込んでみる。別に星付きレストランみたいな気合いの入ったお店ではないけれど、普段使いには十分耐え得るクオリティで結構当たり。立地(サン・ルイ島のど真ん中)の割に、コストパフォーマンスも悪くなかったし。月曜日にひたすらブルゴーニュの白を飲んだので、ワインはボルドーのピノ・ノワール。

 友人とは、エチュードを人前で演奏することについて議論する。長時間にわたって話したけれど、論点を整理すれば、1.作曲家(議論ではショパンを想定)が人前で演奏されることを念頭に作曲したのか、2.作曲家が念頭に置いていなかったとして、聴衆を感動させ得る作品だと演奏者が判断すれば演奏して良いのか、の2点に集約される。

 1点目については、当時「エチュード」を作曲して作曲家同士が彼らの技巧を競うことがサロンで流行していたのだから、単に「エチュード」の文字だけを見て文字どおり「練習曲」であると判断するのは性急なのではないか、という意見も検討には値するものの、それでも単に「技術的小品」と名付けるでもなく、バラードでもスケルツォでもなく、「エチュード」と名付けられた以上、技巧を知らしめる目的も二次的にはあったにせよ、第一の目的は演奏者の勉強であって、聴衆を感動させることを念頭に置いて作られた曲ではないのではないか、というのがボクの見解(ついでに言うと、せめて副題がついているものは、という反論もありそうだけど、それもエチュードについては後から付けられたものばかりで、演奏するどころか作曲者の意図に反して後から副題を付けるなんてとんでもないと思うのです。)。

 2点目については、明らかにNO。人気作家が、ブログを、書簡を、もっと言えば私的な日記を、死後に書籍という形で出版されたら、それがベストセラーになったとしても喜ぶだろうか。ボクは喜ばないと思う。少なくとも、自分は絶対にそんなことをされたくないだろうと想像する。ただし、エチュードにしろ作家の書簡にしろ、それを一部の研究者・愛好家たちが研究の対象とすること自体は否定するものではありません。議論したいのは、あくまでも一般的な聴衆・読者を対象とした演奏会(したがってコンクールは対象外)や出版。

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