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ショートケーキを食べるとき、イチゴはどのタイミングで食べますか? 三角形のとがっている方から食べて行って、ちょうどイチゴが乗っている部分までたどり着いたとき、というのがボクの答えなのですが、世の中、イチゴを最初に食べてしまう人や、イチゴを最後まで取っておく人もいるそうで。そこでこんなことを考えました。

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イチゴを最初に食べてしまう及びイチゴを最後まで取っておくという立場(以下「イチゴ分離論」という。)を取る人にとって、きっとイチゴはショートケーキにおいて極めて特殊な地位が与えられているものと考えられる。たしかに、1ピースのショートケーキのうち、まるまる1個の形を残したまま存在するイチゴは、上に乗っている1個だけであるという点で、イチゴは特別であるという主張は一見妥当であるように見える。しかし、ショートケーキの内部にスライスしたイチゴによる層が設けられていることからも明らかなように、ショートケーキというお菓子は、本来、イチゴを楽しむためのものではなく、イチゴ、スポンジ及び生クリームのハーモニーを楽しむために生まれたお菓子のはずである。にもかかわらず、イチゴ分離論の立場を取るということ自体、ショートケーキに本来期待されたそのハーモニーを、自ら破棄するようなものである。そのことは、ケーキの上からイチゴを取り除いたときに、生クリームで覆われた表面に、1か所だけイチゴ大のクレーターが生じてしまい、見るも無残な見栄えになるということからも裏付けることができる(ただし、イチゴ分離論のうち、三角形のとがっている方から食べて行って、ちょうどイチゴが乗っている部分までたどり着いたときにイチゴを取り除き、最後までイチゴを残していくという方法を採った場合を除く。)。

それに、イチゴ分離論を前提とした場合、イチゴがケーキの上に乗っている必然性を十分に説明することができない。というのも、イチゴをケーキから分離した上で食べることを前提とする以上、ケーキの横にイチゴを置いておけば良いからである。この主張に対しては、ショートケーキは本来円形のホールケーキの形を成しているのであり、その場合、ケーキの上を除くほか、イチゴを置くのに適切なスペースがない、という反論があり得る。この反論に対しては、そもそもイチゴ分離論が、ショートケーキにおけるイチゴを特別視していることに問題があるという指摘が有効である。というのも、先述のとおり、ショートケーキにはスライスしたイチゴによって構成される層があるわけで、仮にイチゴの量が不十分なのであれば、その層を拡充することで食べ手の要求に応えることが可能だからである。

これに対し、イチゴ分離論の立場からは、イチゴはショートケーキのシンボルとして、表面にアクセントを加える役割を担っているのであり、イチゴをショートケーキの表面から取り除くことは受け容れがたい、という反論が行われることが考えられる。これも、イチゴをショートケーキのシンボルとして捉えるから生じる誤解である。先述のように、イチゴ、スポンジ及び生クリームのハーモニーを楽しむためのお菓子としてショートケーキを捉えれば、そもそもスポンジは表面上にその姿を見せていない。また、表面にアクセントを加える役割の必要性についても、シフォンケーキ、レアチーズケーキなど、表面がある素材によって一様な姿とされているケーキはたくさん存在する以上、ケーキはその表面に何らかのアクセントを加えられなければならないという主張は成り立たない。

このように、ショートケーキにおいてイチゴをショートケーキの他の部分とは分離された特別な存在だと捉える見方は妥当でなく、イチゴについては、スポンジ及び生クリームと一体となってショートケーキというお菓子を構成する部分であると考えるべきである。このことから、ショートケーキを食べる際に、イチゴをケーキの他の部分から分離するという行為は、イチゴ、スポンジ及び生クリームが一体となることにより存在意義を有しているショートケーキに、不自然な人為的な力を与えることとなり、適切でない。
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