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2009.10.06 「超ない!」
同期の女の子(同じ課で働いている。)が口走り、先輩から「超ないはないだろ。」とツッコミを受けた発言。要するに「あり得ない!」の程度を更に強くしたような意味で発言したのだと思うけど、たしかに「超ない」はないですよね。苦笑 でも、どうして「超ない」が許されざる言い回しであるのかというのは少し難しい。「超」というのは副詞であり、日本語において副詞は用言(動詞・形容詞・形容動詞)及び副詞を修飾するために用いられる品詞である。「ない」は、「かろ・かっ・く・い・い・けれ」と活用する以上、形容詞であるはずで、副詞に修飾される資格を持つ単語である。「ない」というのは、つまりゼロということで、ゼロである以上、副詞によって修飾されたところで「ゼロ」が「ゼロ」であることには変わりなく、修飾が意味を成さない(=修飾によってフレーズの意味がまったく変わらない)から、副詞との相性が悪いということなのだろうか(ただし、語尾に否定語が来ることを想定している呼応の副詞(陳述の副詞。例えば「全然」「まったく」など。)は除く。)。とすれば、その意味するところに程度による差が生じ得ないという点において、「ない」というのは極めて特殊な形容詞であるということになる。冷静に考えれば、「ない」という形容詞は有無を表す言葉なので、そこに程度の概念がないのは明らかなのだが、日常生活を送っているとそんなことに気付かせてもらえる機会はなかなかない。その先輩にしろ、ネイティヴの日本語スピーカーとして「超」と「ない」という2つの単語にコロケーションとして違和感を感じただけで、通常ならば形容詞を修飾し得る「超」という副詞が、「ない」という程度の概念を排除する形容詞を修飾するのはおかしい、と思ったわけではないはずである。

他方、冒頭で、ここでいう「ない」は「あり得ない!」の程度を更に強くしたような意味であると説明したが、「あり得ない!」という言い回しも不思議な、というよりは現代的に変化した文脈において使われている単語であるように思う。ボク自身、他人からよく指摘されるほどよく使う言い回しなので、ここで分析を加えること事態とても空虚なのであるが、「あり得ない」は文字どおり捉えれば「あることが不可能である」という意味であり、既に起こってしまったこと(=実際に「あった」こと)に対して「あり得ない」と発言するほど意味のないことはない。なぜなら、「あることが不可能である」と言っておきながら、その対象となる事象は目の前で起こっているのだから。こんな風に、自分の口癖を自分自身で冷静に分析してしまうと、いたたまれない気持ちになりますね。でも、今の部署の仕事の性質上、先輩方のように「日本語ポリス」や「言葉の魔術師」を目指して、日々鍛錬していこうと思います。そのためには、まず、「ら」抜き言葉を改めんとね。
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