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何人かで喋る、というのは3年生の時からうちのゼミの伝統。
仲の良さの種類は去年と今年でだいぶ違う気がするけど、
今日も、ゼミが終わってから3人でゴハンを食べながら喋る。

と、その前に。
ゼミがいくら終わらなかったからって、
3日前になって突然補講(2限連続)を決めるというのもすごい話。
そして、なによりビックリなのが、そんな無計画性を、
この自分が許容しているということ。教授、すごい。笑

で、喋る。
話のテンポが比較的近い3人だったので、ポンポン言葉が出る。
相手が考えていることをわかっていても、それが言葉にされるのを待つ、
ということは多いし、それが普通だと思っているから、
そのことについて不満はないけど、速い人と話すのは心地良い。

いろいろ喋ったけど、結局自分の好きな種類の話題に終始。
「相手は嫌いかもしれないな、この手の話題」という心配は、
常に頭をよぎってはいるものの、あまり気にしなくなった。
本当に嫌いだろうと思ったら話さなくなった、というか。
ちょっとバランスをとれるようになってきたのかな。

それにしても、自分の好きな話題になると、
当然に自分が話す量が多くなるわけで。
それだけ他人に情報をあげると、次に同じ人と話す機会が来た時、
「こないだ自分がこう言ったのを相手が覚えていたら、
 いまの自分の発言は、こういう類推を経由して、
 こういう風にとられるのかもしれない。そんなことないのに。」

みたいな場面が増えるような気する。
それを自分が気にしだすことは容易に想像できて、それは厄介だけど、
まぁそれ以上に、いま喋るということの効用を重視することにする。

あと懸念すべきは、喋る人がいると環境に身を置くと、
大学に入ってからその環境には恵まれ続けていると思うけど、
つい甘えが出て、喋らなくてもいいことを喋ること。

こればかりは致し方ない。
その環境を失うことのない程度にセーブすることは必要だけど。
その見極め、どうやれば上手くいくのか。永遠の課題だ。
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