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 腕前はド素人にちょっと毛が生えたようなもんですが、他に答えるものもないので、趣味はと聞かれるとピアノと答えることが多いです。そんなボクでも、どの鍵盤がドなのかさえわからないような人の前でピアノを弾くなどすると、「なんでそんなに速く指が動くの?」とか「なんで右手と左手に違う動きをさせられるの?」とかいろいろ素朴な疑問を投げかけられることも少なからずあります。そんな中で、なかなか的を射た質問だなとときどき思うのが、「弾いている間ってどこ見てるの? 指? 鍵盤?」というような質問。ボクは人前で弾く時に楽譜を見ながら弾くことがあまりないので「楽譜」という答えは想定されないわけで、たしかに楽譜を見る場合を除き、ピアニストはどこに目を向けているのかというのは分析の対象として面白いと思います。

 もちろん、目をつぶっている瞬間もあれば、あらぬ方向を向いている瞬間も少なからずあるわけで、それはそれで分析の対象として面白いと思うのですが、今日のところは打鍵の位置を捉える必要がある場合、具体的には速いパッセージや跳躍が連なるような部分を弾く場合、ピアニストは何を見ているのかという点を考えようかと思います。ボクなりの答えは「ちょっと先に押さえるべき個々の鍵盤の位置」というものです。まず「ちょっと先」については、鍵盤を押さえるべきその瞬間に鍵盤(又は指)に目を向けたところで間に合いません。指の動きをずっと目で追っていれば、その瞬間に正しい鍵盤の上に指が来ているのではないかとの御指摘もあり得ようかと思いますが、それはボクの答えの「個々の」にかかる部分であって、実際、同時に複数の鍵盤(又は指)に目を向けることなんてできないとボクは思うのです。まるで写真を取るみたいに映像として2つの手の10本の指が鍵盤に触れているところを捉えるのだとかいうような話も耳にしたことはあるものの、少なくとも今のボクの状態では、そういう風に広い視野を取った時に、個々の指がそれぞれどの鍵盤の上にあるか、もっといえば、それぞれの鍵盤を正確に捉えていて、隣の鍵盤も一緒に鳴らしてしまう心配はないかというところまでを一瞬のうちに見るということは不可能だと思います。ボクの答えのうち「鍵盤の位置」は、指の位置ではないということ。「ちょっと先に」押さえるべき鍵盤の位置を見ているので、その鍵盤を押さえるべき指のことはその瞬間には見ていないということになるわけです。そうかなぁ?と思っているピアノ弾きの皆さんは、ピアノの真ん中あたりでこちょこちょ弾いていたのに突然両腕を左右に広げて弾かなければいけないような曲を思い浮かべてください。たぶん、左右に広げる直前に、左手と右手が押さえるべき鍵盤を別々に一瞥してから両腕を広げているはずです。

 もっとも「見る」だけでは上手に弾けないわけで、指が回るという条件の他に、見た鍵盤により速く手を運んでくるという動作が必要なわけで、ボクに欠けているところはそこなんじゃないかなぁと日頃から思っています。日本でもフランスでも、手を持ってくるのが遅いという指摘を受けることがしばしば。要するににぶいんですかね。

 これとはちょっと外れるけれど、こういう風にピアニスト又は他の楽器奏者の行動に関する研究って行われているんでしょうか。別に物理的な行動に限らず、個人の奏法とかでも良いんだけど、どうも音楽の世界は、分析が研究手法の一つとして完全に確立されていることの影響によるのか、それとも個々の演奏家のスタイルなんて1つの曲の数ある解釈の一つに過ぎないという意識がどこかにあるためなのか、曲そのものが研究対象にされることは多いとはいえ、個々の奏者の奏法・行動・テクニック等が話題になることは少ないような気がするのです。でも楽譜とにらめっこして楽曲分析でもしない限り、日常生活で我々が「曲そのもの」に触れる機会なんてまずないわけで、我々が1つの曲に触れる時には必ず1人ないし複数の奏者の奏法・行動・テクニックによる媒介を伴わざるを得ないわけです。そう考えると、奏者によってもたらされる要素についてなんら分析しないというのはちょっと怠慢なんじゃないかなぁとか思うんですが、どうなんでしょうね。

 話は更にずれるけど、この観点から作曲家を扱う博物館というのはすごく難しいと思いました。画家と違って「見せる」ものはほとんどない(あるとしても使った楽器とか机とかいった遺品たちぐらい)し、実際に彼らの本業は音を作ることなので「聴く」ことに主眼が置かれるべきなのですが、「聴く」ためには彼らの作品だけではなくそれを解釈し演奏する別の人間が必要だという点で、博物館として構造的な弱さを抱えているなと思うわけです。
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2012.01.21 ショック
 新潮社の雑誌『旅』が廃刊とは…。
 大手電機メーカー●●が開発した瞬間移動機の新商品「どこでもドア」による事故が多発し、全国のユーザーに波紋を呼んでいる。同商品は、20世紀の漫画『ドラえもん』に登場する同じ名称の道具にあやかり、同漫画に登場するネコ型ロボットの誕生年とされている2112年の年明けに合わせて発売された。20世紀後半から21世紀初頭にかけて日本全国に見られた「オタク」と呼ばれる漫画・アニメの熱狂的なファン集団の行動様式を専門とする●●大学文学部日本文化学科の●●准教授から企画を持ち込まれ、同社では、漫画文化の隆盛が過去のものになったとはいえ、ドア型の装置をくぐって移動するという古典的な様式がかえってヒットすると見込んで商品化を決定、「どこでもドア」という耳慣れない商品名の知名度を上げるべく大物タレントを起用した宣伝戦略が駆使され、同商品は鳴り物入りで年始の発売を迎えた。

 「どこでもドア」は、従来の瞬間移動機と異なり、ノブ部分にワイヤレスの脳内センサを有し、ユーザーの行きたい場所を感知することによって行き先を決定する仕組みを取っている。そのため、ユーザーの希望次第で潜在的にはどこにでも行くことができる。海外でも、『ワンピース』等のいわゆる日本アニメの古典作品のファンが多いフランスのメーカー等を中心に同様の企画が温められてきたが、ビザの必要性や滞在期間の制限等、他国の領事当局による規制が開発の障害となってきた経緯がある。「どこでもドア」は、アジア地域第6位に落ち込んだ我が国経済の再興の起爆剤として、約1兆円の開発費の投入を始めとする政府の全面的支援を受け、新たに開発された各国のビザを読み取る小型リーダーを内蔵し、ビザが必要な国には有効なビザを登録しないと移動できないシステムを導入。これにより、すべての国の領事当局から了解を得ることに成功し、今回の製品化に漕ぎ付けた。

 しかし、ビザに記された滞在期間を過ぎると滞在国から出られなくなる仕組みが十分に周知されていなかったため、滞在期間満了後に旅行先で足止めを食らうユーザーが続出。年始に発売されたため、正月休みを使ってこれまで日本人の旅行先としてメジャーではなかった秘境を訪れたユーザーがその大半を占め、在外公館や保険会社によるサポートも追いつかない状況が続いている。これを受け、外務省では、領事局内に「海外滞留邦人支援本部」を急遽設置し、約100名の職員を動員して事態の収拾に当たっている。

 また、従来の瞬間移動機のように住所を登録して行き先を決定するシステムを内蔵していないため、自宅の様子を客観的にイメージすることができず、同商品を使って自宅に戻ることができないという人も続出。その数は、発売から2週間で約900人に上ると見られており、メーカーは対応に追われている。第1開発部の●●主任(35)は、「最も多くの時間を過ごす自宅の様子を想像できない人がいるということは想定していなかった。」と話すが、代わりに用いられた交通機関にかかる費用、帰宅するために購入された従来型の瞬間移動機の費用等をユーザーとメーカーいずれが負担することになるかは不透明な状況で、週明けにも一部のユーザーが損害賠償を求めてメーカー側を提訴するものと見られる。

 一昨年、『ドラえもん』に登場する「翻訳コンニャク」が●●食品と●●英会話学校により新たに設立された合弁会社から発売され、同商品をのどに詰まらせて死亡するケースが相次いだのは記憶に新しい。さらに2103年には、●●パンが、同じく『ドラえもん』に登場する道具から「アンキパン」と呼ばれる短期記憶サポート食品を商品化し、発売直後に行われた大学入試センター試験で満点を獲得する受験生が続出、選抜試験として機能しなくなるという事件が起こっている。それを受け、翌年からは情報の暗記に頼る大学入試制度の改革が行われ、結果として迅速な制度改革につながったという声も強いが、社会混乱を招いたメーカーの責任、文部科学省等関係省庁と連携せずに同商品を認可した当局の責任は大きい。

 古く20世紀に漫画に登場し、当時は夢の道具とまで謳われた商品たち。漫画によれば万能のネコ型ロボットまで登場しているはずの2112年を迎え、そのうちのいくつかは現実に開発されるに至ったが、残されている課題は少なくない。
「女子にイラッとされる「理系男子特有の話し方」9パターン」というのがネット上でちょっと話題になっているみたいですね。リンク先には反吐が出そうな具体例とともに、9つの要点について具体的に説明がされていますが、ポイントのみ抽出するとざっとこんな感じ。

 【1】「要するに」と他人の話もまとめてしまう
 【2】「違う」と小さな間違いでもいちいち訂正する
 【3】「化学反応だから」などロマンチックなことにも根拠を述べる
 【4】「仮に」など自分の専門分野でたとえたがる
 【5】「具体的には?」と曖昧な表現でなく数字を知りたがる
 【6】「データがあるから」と他人の意見を受け入れない
 【7】「わかる?」と難しい説明の後で上から目線の確認をする
 【8】「ありえない」など決めつけて断言する
 【9】「だから?」とオチを先に聞きたがる

 ボクは理系ではないし、むしろ産まれてこのかた理系に進学しようと思ったことなんてまったくないのではないかというぐらい超ド文系なのですが、いやーまるで自分のことを言われているみたいだなぁーと思ってしまいました。苦笑 こういうチェックリスト的なものって、どういう内容のものでも「4つ以上当てはまるあなたは要注意」とかそういうのだと思うのだけど、全部当てはまりますけど何か?っていう感じです、まじで。強いて言えば、グダグダ長話をするのは好きなので、【9】はちょっと違うかなという気もするけど、それでも「こいつつまんねーこと言ってるな。」又は「これだけのことを言うだけなのになんでこんなに時間かかるの?」(父に対してよく思う。)と一度思ってしまうと結論を急ぎたがるというのは否定できないので(これは【1】にもつながる部分がありますが。)、やはり当てはまると考えた方が良さそうです。

 他の8点については、ドンピシャと言っていいほど当てはまります。【1】は先述のとおり言わずもがな、【2】はよく「そんな細かいことどうでもいいじゃん。」と言われるのできっとそうなんでしょう、【3】は物事の根拠を説明できることが大切だと学校で教わったのでそのとおりに生きていますし、【4】は大好きなので何かとこの向きで内輪トークに入りたがるシャイボーイです。【5】は【3】と同様で相手の言うことがまともかどうかを判断するのに必要不可欠だと思うし、【6】はそれに反証できない相手が悪い。【7】はコミュニケーションの一環で自分の言うことを相手が理解してくれたかどうかを確認したいという欲求には駆られがちだし(自分の「わかる?」が上から目線なんかはよくわかりませんが。)、【8】は「ありえない」が口癖だと指摘されていた時期すらあるので間違いないかと。イラッとされると聞いたからといって、これらの性質を改めようという気はさらさらないところが一番厄介なところだなと自分でも思いますが、こんなボクをありのまま受け入れてくれる女子というのは世の中にはいないんですかね。笑

 女子にイラッとされるということをここまで自慢げに書くことに良いことは何もないと思うんですが(笑)、あまりにもよく当てはまってびっくりしたので書いてしまいました。笑 女子の皆さん、こんなボクですが今後ともよしなに。
2012.01.14 おもしろ動画
 


既にfacebookでは紹介しましたが、中高の同級生の紹介でこんな動画を発見。童謡「きらきら星」は、モーツァルトが幼少時に変奏曲に仕立てたのが有名ですが、同じ曲をあらゆる時代のいろんな有名な作家が弾いたらどうなるかという仮定の下に作られた小品たちのメドレーです。この小品たち、全音から出版される作曲法のテキストとして実際に譜面が世に出るもののようで、その出来栄えたるや、すごい! この動画の演奏が上手かとか、一つの曲としてこれ以上ないほどよく仕上がっているかとか、そういうつまらないことを言いたいわけではなくて、とにかくネタとして。皆さん、それぞれの原曲はちゃんとわかりますか? ボクは1回目ではモーツァルト編の原曲がトルコ行進曲だということに気付くことができませんでした…情けない。

 ボクはもともとこういうことをやっちゃう人たちが大好きで、子どもの時は自分でいろんな曲をくっ付けて遊ぶなどしていたものです。最近は、同じ内容のことをいろいろな作家風に書き分けてみるなんていうのも面白そうだなという構想は実はずっと持っていて、いつかこのブログでやってやろうと思っているのですが、御想像のとおり結構手間がかかりそうなので二の足を踏んでいるところです。漱石風、鴎外風、芥川風、谷崎風、三島風ぐらいならいけるかな? 村上風、江國風なんていうのもやりやすそうですかね、そんなにたくさんは読んだことないけど。
2012.01.13 いつも2番手
でいるのがいいなぁーとずっと思って来ました。高校時代も何をやるにもいつも副委員長格。神輿は担がれるよりも担ぐ方が楽ちんと思っていました……ってそんな話じゃなくて、フランスの話。今日「露仏協商」という文字を眺め、ふと考えたのです。どの国と組み合わされるにしても、フランスが最初に来ることってないんじゃないだろうかと。

・ドーバー海峡は?→「英仏海峡」
……まぁいつの時代にも英国には勝てないっていうことですかねー。

・ロシアとの同盟は?→「露仏同盟」
…まぁロシアは大きいですしねー。

・プロイセンとの戦争は?→「普仏戦争」
…まぁ戦争には負けましたから仕方ないですかねー。

・じゃぁ清国との戦争は?→「清仏戦争」
…あれ、事実上勝ったのに! まぁ昔の話ですしね…。

・ユーロ危機に際してのサルコジとメルケルの会談は?→「独仏首脳会談」
…現代の話ですが、朝日から産経まで各紙とも「独仏」でした。

この常時2番手っぷりはすごい。。。
 ブログを更新する時はevernoteか何かにテキストを打ち込んで、それをペーストしようと思っていたのに、うっかり直接ぽちぽち入力して「更新」ボタンを押したら、入力している間に接続が一度切断されていたらしく、ログイン画面が表示。この時点で嫌な予感はしていたものの、書いたものは見事に消え去っていました。今回は、ボク自身の関心度もかなり高い「メール論」について思いのたけを述べたんだけどなぁ。そんなもの、人様にお見せするようなものではありません、という戒めということですかね。苦笑
2012.01.09 昔のブログ
 ってどうなっているんだろうと思って検索をかけてみたところ、このブログを作った2007年7月以前に持っていたブログがまだ残っていました。2006年11月から8か月間の記録。学生時代は日記を付けていなかったので、日々どんなことをして過ごしていたのかは記憶が曖昧なところもあって、その頃の記憶を呼び起こす良い機会になって面白かった。人格そのものは何も変わっていないと思うけど、文章の書き方とか、ブログに対するスタンスとか、いろいろ違うものですね。いま読むと、当時のことをあれこれ思い出してそこそこ面白かったです。全然覚えていないけど村上龍の『イビサ』とか読んでいたんだとか、誰かのこの発言は覚えているけどそれに対して別の誰かはこんなリアクションしていたのかとか。

 この昔のブログ、開設当初「実は5番目のブログ」というタイトルでやっていたことは覚えているので、あと4つブログを持っていたはずなのですが(同時並行的に持っていたわけではなくて、次から次へとブログを渡り歩いて使っていた。)、残りの4つについてはタイトルを微塵も思い出すことができないので、検索しようにもすることができず、ちょっと残念な感じ。あと、メールボックスも大学のアカウントを使っていたので、当時、誰とどんなやりとりをしていたのかがわからないんですよね、これも残念。だから今も、少しでもプライベートな要素を含むやりとりは職場のアドレスではなくてgmailでやりたいなと思うわけです。メールをずっと保存できるというのも、ガラケーにはないけどスマホにある良いところかもしれませんね。それにしても残り4つのブログのタイトル、なんだったかなぁ……。
 一応まだ新年ということで、暇つぶしにブログのデザインを変えてみました~。久しぶりにちょっと正統派な感じというか、似つかわしくない爽やかな感じにまとめてみました。落ち着かなくてまたすぐに変えるかもしれないけれど。笑 もっとこう、機動性高く、自分の思うがままにデザインできないもんですかね。まぁそのあたりの技術を持っていなくても手軽に作れるのがブログの魅力なんでしょうが、そこらへんの自由度は技術的にももっと上がっていていいのではないかねぇー。まぁ、この写真はこれはこれでとても綺麗だから良いのだけど、どうせだったら自分の撮った写真とか使いたいなぁ、と(あ、プロフィール写真は自分のです。パリ郊外のランブイエ城にて。)。まぁ、HTMLをちょろっといじればできるんでしょうが、そこまでの意欲はないというわけでして。ならこれでいいじゃんって? ごもっともです。

 「暇つぶしに」とうっかり書きましたが、別に暇で暇でしょうがないというわけではなくて、やろうと思えばやることはあるにはあるのだけど、どうもまだ正月モードが続いております。2月から学校の授業が再開するのに合わせて、今月末又は来月初旬までに出す必要のある課題もいくつか送り付けられて来ているし、今月末に終わる実務研修のレポートも書かなきゃいけないしというわけで、昨日は今月末に出す課題のうちの1つを片付けちゃお~と思ったのです。やり始めて、今日は参考資料をひと通り読むだけで書くのは明日という計画変更を施して今日を迎えたわけですが、まったく手つかず。まだ日数あるし、明日以降平日にちょこちょこやれば良くない?という感じになってきました。まぁ、月末(正確には23日)までの課題を8日にやってしまおうという時点で、普段のボクの仕事の仕方からはかけ離れたことをやっているわけで、こうなることはわかりきっていたとはいえばわかりきっていたのですが。年が明けて心機一転したと思われた自分にちょっと期待し過ぎましたね。笑 とはいえ、やらなければいけないことをすべて月末にこなすというのは物理的に不可能と思われるので、徐々に目処をつけていかなくてはいけません。まぁ、まだ日数はたくさんあるので、全然余裕ですが(懲りない。)。
 なんてまさか26歳にもなって言われるとは思っていませんでした。facebookで10年以上あっていない10歳年上のいとことつながり、メッセージ機能でやりとりをしている際にプロフィール写真を見て言われた台詞。まぁ、そりゃね、もう中学生じゃないんだから、そりゃ大きくもなりましたよ…。顔写真を見ても最初は誰かわからなくて「誰からだろう?」と思ったとのこと、中学生なんてもうすっかり今と同じ自我が形成されていたと思うけど、見た目はそんなに違うもんなんですかね。日本に帰ったら、昔の写真を引っ張り出してfacebookにアップしたりしようかな。笑

 もう26歳になったので、周りからは気を付けないと今ぐらいから今度は横にも大きくなり始めるぞと脅されていると返信したところ、たしかに気を付けないとオレみたいになるぞ、と返って来た。よくよく聞いてみると、20代後半の頃から比べて13kg増えたのだとか。あなおそろし。結構イケメンのお兄ちゃんだったんだけどなぁ。フランスに来てからまったく体重は測っていないのだけど、日本を出る直前の体重に13kg加えたら、結構すごいことになります。それは困る。困るけど、運動もしていないし、うまいもの食べているしなぁ……年齢とともに代謝が落ちるのって防ぎようがないのかしら…いや、運動することによって防げるということですよね、はい。。。

 なんか話が妙に現実的な、かつ、暗い方向へと進んでしまいましたが、要はこの年になって「ずいぶん大きくなったね」なんて言われて新鮮でしたという話でした。ちゃんちゃん。
2012.01.04 恭賀新年
 というわけで、明けましておめでとうございます。三が日は何も生産的なことはしないと心に決めて、27回目の正月を迎えているわけですが、フランスという国は年始は割と早くから働き始めるので、なかなかそうも言っていられないなぁと思っていました。実際、休暇を取っている人も相当数いるとはいえ、仕事始は(そもそもこの人たちは割と自由に休みを取るので一斉に仕事を始める日という意味での「仕事始」という概念を持ち合わせているのか謎ではありますが。)2日(月)でした。ボクも旅行先のロシアからは元旦に帰国し、2日(月)から出勤したわけですが、休む人も多いためか、午前中に定例の会議は1つあったものの、あとは穏やかに時間が流れて行っただけでした。本3日(火)もそんな感じだったので、実質的な意味において「三が日は何も生産的なことはしない」という大方針は曲げずに済んだと言えるかもしれません。

 年末は23日から旅行に出てしまっていたため、ブログを更新することがかなわず、皆さんがこぞってやっていらっしゃる「今年の10冊」とか「今年の10枚」とかの流れにはすっかり乗り損ねてしまいました。もっとも、昨年はボクにしては本を読んだ方だと思っていますが、それでも本を読むスピードが元来ものすごく遅いので、冊数にするとたかがしれているわけで、その中から10冊も選んだら、読んだ本のうち相当の割合の本がそこに入ってしまうよという状況なので、ボクがこの企画に便乗することはあまり意味がないことかもしれません。

 自分でも何を書いているのかあまり判然としなくなってきましたが、要するに年始一発目の投稿ということで、それらしいことをちょっと書いてみたかっただけです。年始というよりは年末の話になってしまいましたが。ちなみに、ロシア旅行は最高でした。追い追いfacebookに写真をアップしたり、ここにも見て来たもの/感じて来たことをたくさん書けたらと思っていますが、とにかくこれ以上ないほどのホスピタリティで同僚に歓待してもらい、限られた時間の中でとても贅沢な旅をしてきました。

 年始ということで、新年の抱負というのを書いている人もたくさんいますね。抱負らしい抱負、持たなくてはいけないなぁと毎年思いはするのですが、いつも、大したことを考える間もなく新しい年が幕を開けてしまい、今年も同じ展開でした。ちょうど研修が終わる年でもあるので、今からでも何か考えますかね。何はともあれ、本年も御贔屓によろしくお願いします。
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