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2011.03.15 東日本大震災
 海外にいる身で、実際に体験したわけでもなく、はたまた地震後の生活の苦労を経験しているわけでもなく、そんな状態で地震についてあれこれ書くのはいかがなものか、とはいえ、世の中がこの状態であるなか、地震について一言も触れずにブログの更新を続けるのもいかがなものか、と考えていました。とりあえず出した結論は、自分のフランスにおける生活はどのようなものかというのを知る手段としてこのブログを読んでくださっている方が少なからずいてくださることにもかんがみ、あくまで海外からの視点で地震について書こうというものです。とはいえ、決して大上段の議論を展開するつもりはなく、その時、フランスではどのように地震の情報を入手したか、入手した情報の中では地震の状況はどのように描かれていたか、フランスに住まう人々の反応はどのようなものだったか、フランスに住まう日本人として自分はどのように行動したか等、現場で体験しなかった者として書くことができることもあるのではないか、と考えております。

 というわけで、そのうち五月雨式に少しずつ書き始めます。という予告。
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 というわけで、行ってきました。7区はInvalideのおそば近くにある『café de l'esplanade』。そう、御存知コスト兄弟プロデュースの話題のお店ですー。

 内装はこんな感じ。


esplanade1


 シックなんだけど、気軽に入れるカフェの要素も上手に取り込んで、その思惑どおり、ジーパン姿で飲みに来ているお客さんから、ジャケットを着てディナーを楽しむ人まで、いろんなタイプのお客さんに受け入れられているようでした。かかっている音楽も、おそらく彼らのプロデュース。ちょっとボリュームが大きくて主張が強いなぁと思ったけど、ちょっとその場にいたらもう慣れちゃって全然気にならなくなったし(大きいといっても会話の邪魔になるほどではない。)、むしろせっかく自分たちでプロデュースした音楽を流すならたしかにそれぐらいの存在感は出したいしあっても良いよね、という感じ。音楽自体も、決してヒーリング系とかではないのだけど、むしろ上質のレストランにしてはアップテンポな感じの曲も結構あったのだけど、心地良い感じでした。

 そして、お料理。menuはなくて、すべてアラカルトで頼むのだけど、フュージョンを売りにしているだけ、珍しくて目を惹く類のお料理もたくさん並んでいました。わかりやすいところからいくと、タイ風生春巻きとか。menuではなく、1品1品選ぶとなると、まぁそれなりには良いお値段なのだけど、話題店だということを考えるとこんなところでしょうかねという感じ。別に高すぎてびっくりしちゃうほどのものでもなく。で、こちらが前菜に頼んだフォアグラちゃん。なかなか美味しかったです。


esplanade2


 メインには、ラムの小ぶりのチョップを頼んだのだけど、あまりにも美味しそうですぐに手を付け始めてしまったので、残念ながら写真はありません。こちらも、伝統的なメニューと見せかけて、ちょっとソースで遊んでいる感じ。面白かったし、美味しかった。食べ甲斐があるとでも言えばいいのかな。

 飲み物は、料理もこんな感じだったので、最初から赤で良いよねということになったのですが、たまにはコート・デュ・ローヌでもどうでしょうということで、ボルドーやブルゴーニュを避け、blos de l'hermitageの2005年を頼みました。前にどこかで飲んで、悪くなかったなーとうっすら名前を覚えていたのだけど、その2005年があったので(といっても、前に飲んだのが2005年ではなかったのかどうかはよくわからないのだけど。)注文。もっとどっしりしたのが飲みたいという人もいると思うし、料理によってはボクもそう思うと思うのですが、渋みの度合いが好みにぴったり合ったこともあり、美味しくいただけましたー。

 4か月のパリ滞在、こうやってどんどん「to go リスト」を潰して行かなくては。次は、予約の電話をかけるところまでやって行きそびれたles bouquinistesに行くぞー。こういうことばかり書いていると、お前は何をしに行っているんだと言われますかね。いや、でもね、夜のフリータイムですから。昼間にやるべきことはちゃんとやっておりますよ。
 木曜日はオルセー美術館が22時近くまでやっている日ということで、帰りに寄り道して行ってきました。フランスに来てから7か月以上経つものの、実は行くのは初めて。というのも、着いた時にはちょうど東京の国立新美術館でオルセー美術館をやっていて、出国直前に見ていたので。

 国立新美術館の展覧会には、とにかく有名どころがたくさん来ていてすごいなと思ったけど(いま思い返しても、展覧会の構成や展示方法はあまり気に食わなかったが。)、本物ともなると見応えはかなりのものですね。閉館の3時間近く前に入って、それでも最初から全部見る気なんてなかったとはいえ、地上階だけを全部見ることもできなかった。。。国立新美術館が作品の招聘の観点からかなり頑張ったというのは確かなようで、「あ、きみ東京に来てたね」という絵が結構たくさんありました。まぁ、あれだけデカい展覧会だったのだから、当たり前か。

 モネやマネ、ルノワールについては既に多くが語られ過ぎていて、ボクが新たに言えることなどないと思うので割愛しますが、今回認識したのは、クールベは別に嫌いではないんだなということ。最初の1、2枚は純粋にすごいなと思えるのだけど、どうもそこでお腹いっぱいになってしまうというのが、これまで彼の作品を敬遠してきた原因だということに気が付きました。暗めのトーンが原因の一つでもあるとは思うけど、暗いからといってみんながみんなそういう印象を与えるわけでもないはずで(反証例:レンブラント)、結局は題材なのかなぁと。風景画には、最初の1枚こそ息を飲まされますが、見ていくうちにシートン動物記の挿絵を見せられているような気にさせられるという感覚に陥るのです。精緻に過ぎるということか。結局、街や社会生活を描いた絵が好きなのだという好みの問題に帰着するのかもしれませんが(ちなみに、この好みに気が付いたのもフランスに来てから。)。

 ゴッホは、日本人が一番好きな画家だと言われますが、そしてボクも別に決して嫌いではないのだけど、改めてあれこれ見て「一番好きな画家」とまで推される理由はよくわからんなという印象を確実なものにしました。当然のようにゴーギャンの作品と並べて展示されていたのだけれど、ゴーギャンが実は残していた数少ないいかにも印象派チックな作品というのはボクは魅力に富んでいると思うし、それを教えてもらったのはルーアンで3度通った巨大な印象派展なのだけど、そういう魅力はもっと十分に伝えられるべきなのではないかと思いました。もちろん、タヒチを描いた作品も好きだけど。

 最初はマイナーなコーナーを地味に見ていたので、意外にフランス人もかなり来ているじゃないかと思ったものの、そう感じたのも束の間、日本人だらけでした。他の場所にはあれほどたくさんいる中国人はどこへやら。ツアー客から個人旅行客までとにかく日本人がいっぱい。有名な美術館だし、なにより名高い作品がたくさん展示されているわけですし、別にいっぱい来る分には良いのだけど、ただひとつ、かかとを引きずって歩くのだけはやめてもらえませんかね。あの嫌な音が聞こえて振り返ると、音の主は十中八九日本人。そりゃそうか、こっちの人は、その音を立てるかどうかで社会的階層がわかるという人までいるほど、その音を忌避しますからねぇ。ボクは、幼い時からかかとを引きずりながら音を立てて歩くのは品の悪いことなのだと教えられて育ったので、これほどまでにその音を嫌悪しているのですが、みんな気にならないんだろうか。かなり疑問。

 ルーブルと比較することなんて意味はないと思うけど、オルセーの方が比較的落ち着いて見られるなという感じがしました(いずれにせよデカいので、バーッと走って見てしまいがちであるという点は否めないけど。)。果たしてそれは、単にルーブルがあまりに巨大過ぎるからということか(繰り返しますが、オルセーも十二分に巨大だと思いますが。)、単に御多分にもれず印象派・ポスト印象派(「後期印象派」と訳すのは大きな誤り。)に対するボクの関心が強いということか。唯一具体的に気付いた点を挙げるとすれば、見上げる形で見なければならない(縦に2枚の絵が並べられた)形の展示はごくごく数えるほどしかなかったこと。どの作品も、その角度から見られることは想定していないわけで、そうでもしないと並べきれないほどの作品があるのはわかるけど、あれはあまり関心しないのですよね、いつも。

 閉館時刻まで満喫し、いざ退散。閉館案内の放送は、フランス語、英語、スペイン語、イタリア語に続き、日本語でも流れていました(ドイツ語もあったかな、あったんだろうな。)。全部同じ人が生で読みあげているっぽかったので、その人はおそらく日本語は全然喋れないのだと思うけど、だてに毎晩読んでいないということか、かなり正確な発音でした。。。これもあれだけ大量に押し寄せる日本人客のおかげ(?)か。
2011.03.03 True Grit
 映画を見て来ました。本当は『Le discours d'un roi (原題:King's speach、邦題:英国王のスピーチ)』を見たかったのだけど、声をかけた友人たちの多くが既に見たということで、半ば押し切られる形で『True Grit』を見ました。西部モノって、そもそもあまり関心がなかったのだけど、民主主義に従って行ってきました。

truegrit




オリジナルと同じで邦題は『勇気ある追跡』なのかなと思ったら、どうやら日本では「トゥルー・グリット」というタイトルで封切られるそうですね。売れるのか?、そんなタイトルで。

この作品を見ること自体にそこまで乗り気ではなかったということの影響もあると思うので、そのあたりを差し引いてお考えいただければと思いますが、まぁ、そこそこでした。オリジナルを見たことがないので、比べようがないのだけど、ストーリーは単純明快なのでストンと落ちる感じ。逆に言うと、いろいろと施されている設定はあるのだから、それを活かせばもっと複雑な心理描写も可能だったろうし、それによって映画もヒューマンドラマとして上質なものになると思うのだけど、きっとそれはボクの好みだというだけで、西部モノかくあるべしというセオリーにきっと反するんでしょうね。普段あんまりこの手の映画を見ないから感じたことかもしれませんか、いやにviolentなシーンが多くて、いや、別にそれ自体は演出上効果的なこともあるから、それだけをもってネガティヴになるつもりはまったくないのだけれども、それ映す必要ある?という感じの部分も少なからずあり、おかげでピントがぼやけちゃうというか、ちょっと不思議な感じがしました。

他方、俳優陣はGood job。ジェフ・ブリッジスは、単に渋いだけになってしまいかねない役どころにあえて人間味を添えた軽やかな演技。やはり彼はすごいです。そして、主役の14歳の女の子の役だった子も、なかなか上手でした。女の子の子役って、必要以上に笑っちゃったり、愛想をよくしてしまったりして、それだけで観客を映画の世界から一歩遠ざけてしまうことってあると思うのだけど、この子はそのあたりの感覚に優れているのか、とても上手に演じていました。かといって、子供ばなれした感じかというとそうでもなく、あくまでも普通の(あんな子がそこらへんにいたら決して普通ではないと思うけど。)14歳の女の子なのだということを素直に受け入れながら見ることができる感じ。マット・デイモンは、あんたも年取りましたねっていう感じ。そんなに好きな俳優ではないのだけど、年とって演技にも奥行きが出てきて、良い俳優さんになりましたねという感じがしました、上から目線ですが。あの人のセリフの読み方は相変わらずあまり好きではありませんが、テキサスの一匹狼という役どころが合っていたのか、演技自体は結構良かったです。むしろこれからますます大成していくのかもね、あの人。

いつも思いますが、音声と字幕を異なる2つの外国語でやられると疲れますね。字幕って、出ているとまったく見ないというのも不可能だし、かといって見たところで、頭脳は音声を聞く方にもだいぶ手間を割かれるし。フランス映画を見れば良いのだという話だと思うし、それにはまったく吝かではないのですが(むしろ望ましいぐらいだが。)『英国王のスピーチ』は必ず、『ブラック・スワン』も時間があれば、見たいしなぁ。
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