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 外国人にフランス語を教えるための資格を取るための勉強をしているという学生(という割にはちょっと年を食っているような印象も受けたが、得てしてこちらの人たちは老けて見える(=そのおかげで、こちらが若く見られるというこれまでにしたことのない経験(苦笑)をしています。)ので、普通ぐらいなのかもしれない。)と知り合いになり、カフェでそれなりにまとまった時間おしゃべりをしました。あちらはフランス語を勉強している外国人と話すのに慣れたいという希望を持っていたし、こちらはこちらでフランス人とおしゃべりする機会があるのはありがたいことなので(これまでのところ主な活動範囲は語学学校なので、当然フランス人は先生だけという環境ばかり。)、利害が一致したという格好。

 発音とかもっとこてんぱんにダメ出ししてくれたら良かったのに、と思わないこともないが、喋っている間に間違いがあったらすかさず指摘して、とお願いしたら、それなりにツッコんできてくれたので、そこは良かった。語学学校の先生も言っていたが、「意思疎通は可能」なレベルに達すると、多少の間違いはあってもコミュニケーションはとれるからいいやとフランス人の方が考えて、明らかな間違いがあったとしても、全体として意味がとれる限りにおいて、なかなか指摘してもらえないのだとか。そりゃ、逐一指摘していたら、会話の流れは途切れまくってなんの話をしていたのかわからなくなりますからね。そういう意味で、会話の流れを切ってまで指摘してくれ、とお願いできたのは良かったかなぁと。

 ところで、この国では「外国人に母語を教える」という仕事がそれなりにポピュラーなような気がしています。実際、ここまでの数か月間、そういう人にばかりお世話になっているからだというのもあるかもしれないけど、少なくとも日本よりはメジャーなんだろうなぁ。語学学校というものがそこそこ大きな街には必ずあるし、どの学校にもそれなりの数の、しかも種々のレベルの生徒が通っているし。アリアンス・フランセーズのように世界中に展開している語学学校もあるけれど、日本語でも同じことは可能なんだろうか、なんていう疑問は抱くべきじゃありませんよね。最近じゃ、フランスの高校では中国語を選択することもできるようになったんだって。まだ選択する生徒の数は少ないということだったけど、日本語にはそんな機会すら与えられていないので、現時点では所詮物好きが選択するだけのことなのかもしれないけど、いろいろ考えさせられますね。
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