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2010.10.29 墓参り
 パリ最終日。電車の時刻まで、ペール・ラシェーズ墓地を訪問しました。いろんな有名人のお墓が集まっている墓地。主な目的はショパンの墓だったのだけど、他にもいろいろな人がいたので、知っている名前のお墓を割とくまなく回ってきました。帰る直前ということで荷物を持っていたのでつらかった…思えば、日本の著名人や歴史上の人物で墓が観光地になっている人は複数いるけど、こうやって墓地の形でいろいろな有名人が集まっているところってあまりない。パリは、当時それだけいろいろな人を集めたということか。いや、仮に江戸なり東京なりがパリのような街だったとして、日本人はみんな故郷の墓に収まるのですよね。葬儀にかける費用は日本人が他国の追随を一切許さないぐらい高いというし、死そのものや死者に対する意識というのは、我々が特別なものを持っているのかもしれません。

 そもそも、お墓って必要なんだろうか。一度埋めた人を掘り起こすことは絶対にないと仮定すれば、時を経るにつれて、お墓の数は増える一方なのであって、地球の大地はどんどん墓地に浸食されていくといっても過言ではない。生きている我々としては、年に数回ぐらいお墓参りをして自分の肉親や祖先に思いを馳せる機会が欲しいところだけど、ちょっと視点を変えて自分が死んでからのことを考えると、その感覚は面白いぐらい変わらないだろうか。少なくともボクは、残された子孫たちに自分の墓参りのために手間ヒマかけて欲しいとは一切思わないけどなぁ。その昔、死んだら墓しか残らないという時代だというならいざ知らず(それにしたって、仏教文化圏では墓とは別に「位牌」なるものが作られる。)、写真や映像まで永久に残すことが可能な時代に墓が持つ意味ってなんだろう。よく死んだら遺灰は海に撒いてくれという話を耳にするけれど、本当にそれで良い気がする。遺族が、遺灰の撒かれた海までお参りに来るというのであれば、それもまったく解決にならないけど。

 話が脇に逸れましたが、ショパンを始めとする音楽家、画家、政治家、哲学者、思想家、作家、詩人などいろいろなお墓を見てきましたとさ。立派な人もいれば、さびしい感じの人もいて、お墓も十人十色でした。それにしても、広大の墓地の中で、どこに誰の墓があるのか、わかりにくい。。。地図があるのは入口だけなので、めぼしい人のお墓の位置をメモしていくわけだけれども、大きな通り沿いにあるのか、ちょっと奥まったところにあるのか、などはその場に行ってみないとわからず、行ってみたけどなかなか見つからないというお墓も多々あった。それはそれで死者が報われないじゃないか、と思うのだけど。少なくとも日本にこんな墓地があったとしたら、良くも悪くも、もっとわかりやすくしてしまいそう。


chopin
お墓を写真に収めるのもどうかと思ったが、せっかく行ったので。ショパンの墓です。

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