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2010.01.20
さて、どこぞのブログに、恋愛における「仕事と私どっちが大事なの」という問いについて論じられていたところ、ちょうど最近、知り合いとの間で一般論として同じ質問について次のようなやりとりをしたので、以下にその一部を掲載します。


先方の言い分(抜粋)

女の子が「仕事と私どっち」病にかかってしまったら悪循環しか生まれないんだよね。「仕事と私病」の女の子は相手の態度に不満を持っているわけで、相手の態度の細部から相手の気持ちを読み取ろうとして、結果「私のことあんまり好きじゃないのね」という結論に達する。その結論を持って彼氏と別れる決心をするんであれば問題ないんだけど、大抵の場合別れたくはないから、彼氏に対して態度の改善を求める。でも求め方がストレートではなく(これはストレートに求めるとかえって嫌われるかもというおそれ故だったり、プライドだったりする)、インプリシットに表現しようとする。男性はそのメッセージに気付かないか、気づいても面倒に思って対応しないことが多く、その態度にまたはがゆくなった女性がついに「仕事と私どっちが大事なの?私のこと好きじゃないの?好きだったら仕事前倒しにできるんじゃないの?」という発言をすることになる。この時既に女性の問題意識は態度の改善ではなくて、自分のことを本当に好きなのか、という確認にすり替わっていて、それが本当の目的であることに注意。
女性は内心、男性がメッセージに対応しない=気持ちがやや冷めている という事実に気付いているし、その発言が状況を悪くすることもわかってはいるんだけど、じゃあどうする、という回答を持っていないからお決まりのフレーズを叫んで発散するしかなくなる。男性はさらに冷める。という悪循環。

では、どうしたらこの循環を止められるか。男性サイドとしては、相手から不満のメッセージを感じたら、別れたくないのであれば(別れたくないだけ好きか、別れる労力の方が大きいと感じるかのどっちかだと思うけど)そのメッセージをきちんと拾って、一度時間をかけて思いっきり女性に対して優しくしまくって、ほんとに好きなんだ、ということを態度で示す。言葉だけじゃなくてね!で、女性を安心させることが大事。仕事に対する態度を恒久的に改める必要はなくて集中的に優しくして、「好きだ」ということを現すこと。女性の真の目的は態度の改善(仕事の時間を短縮すること)ではなくて自分のことを好きだと確認することだから。
もしメッセージを感じた時に、対応することの方が面倒だと思ったのならさっさと別れた方がお互い幸せなのかもね。

女性サイドとしては、仕事で忙しいこと=自分のことを好きじゃない という方程式を安易に適応せずに少しペイシャントになって、趣味とか他のことに気をむけたりしつつ(他の人とデートしてみるのもいい気晴らしかもしれない)、生活に占める彼氏の割合を減らすのが一オプション。それでも不満が募るのであれば、「仕事と私」の発言の前に、もう少し具体的に一度何が不満かをはっきり言った方がいいんだろね(相手の人のタイプにもよるけど、ただ気付いてないだけのケースもあるから)。あとは、行動で相手の気持ちが高まるよう努力して、戻ってくるのであればOK、戻ってこないと感じたら見限る勇気も大事。見限るアクションで男性が急に態度を改めることもあるだろうしね。




ボクの反応(抜粋)

1.件の愚問(「仕事と私どっちが大事なの」)

(1)基本的方針
「仕事か私か」の問いが、必ずしもその問いに対する直接の答えを求めているものではないとしたら、おっしゃるとおり、「自分はこのような現状から、自分があなたに好かれていないのではないかとの疑念を抱いている。真相いかん。」という問いを発するべきであり、逆に言えば、そういう問いが発されない限り、(女性側が望む意味における)建設的な議論はできませんよね。建設的な議論など求めていないのであるとの反論もあり得るところかとは思いますが、男性側にしてみれば、建設的な議論をできないような問いを投げかけられること(及びそれに十分な回答を用意できないこと)そのものが不快であるのであって、そこは建設的な議論を導くことのできるような問いを投げかけることが重要だと思うのです。まぁ男女の仲になってからも建設的な議論をすべきだというボクみたいな考え方は少数派かもしれませんが。

(2)愚問に対するあり得べき反論
そして、建設的な議論を望むボクみたいな人間からしてみると、「仕事か私か」と問われたとき、当然「私」と即答されることを期待されていることを察知しつつも、冷静になってしまう自分というのがきっといて、仮に「仕事か私か」という問いが、いまこの瞬間に優先すべきは仕事と考えるか私と考えるかという問いと同値だとすれば、そんなもの「仕事」と答えざるを得ない時だって往々にしてあるよね、と言いたくなっちゃいますよね。だって、じゃぁ仕事になど一切行かず、いつも2人で一緒にいることがお互いに可能かといえば、不可能なのは自明であって、その観点から、所詮「仕事か私か」という問いは程度問題でしかないわけです。もっと言ってしまえば、「仕事か私か」の問いに対して「私」と答えてもらうことを望む女性だって、ろくすっぽ仕事もしないでいつも自分にまとわりついてばかりいる男性については、たとえそのまとわりつく態度が極めて紳士的で、慈愛に満ちあふれているものだったとしても、魅力を感じないのではないかと思うんですよね。


2.理想の関係

(1)基本的方針
なんだかだんだん極論に走り始めてしまった気はしますが、肝は「お互いに自分の世界を大事にできる関係」ということかなと。自分の世界というのは、時に仕事であり、時に友人関係であり、何かしらそこに彼氏or彼女の姿のないものということです。その意味で、●●さんが女性サイドのオプションとして挙げていらした「趣味とか他のことに気をむける」というのは、方向性としてアリだと思います。「自分の世界」があることによって高められている自分というのは絶対にあるはずで、彼氏or彼女たるものその「高められている自分」を尊重し合うことで、お互いに更に高め合うことができる、つまり「win-winの関係」を築くことができると思うんですよねー。平たく言ってしまえば、女友達の少ない(女友達からは好かれない)女の子と付き合いたいかと聞かれたら、答えは「NO」だということです。

(2)傾向と対策
で、こういう論点があることを共有されないまま、「仕事か私か」という問いが発されたことをもって何らかの危険を感じたからといって、相手を満足させるだけに「好きだ」ということを単に示すということがはたして正しいかというと、ちょっと違うだろうと思うんですよね。まぁ、上述の論点を共有することができないのであれば、そもそも付き合っていくことの意味を改めて自問した方が良いでしょうし。付き合っていくとしたら、なおさら、その後のためにこういう論点について相互理解を発展させていくことがなにより重要だと思うのですねぇ。いかがでしょうか。

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