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2010.01.23 演奏会
3月21日に演奏会を行い、会場に使用するホールのホームページには、ボクの電話番号が問い合わせ先として載っているのですが、今日、見知らぬ人から電話が来ました。「演奏会には関係者以外でも入場できるのですか。」と。関係者以外にももちろん開放しており、どなたでも御入場いただけます、と応えると、「チケット等はなくても良いのですか。」と聞かれ、入場無料・全席自由となっておりますので、ふらっと会場にいらしていただければ、プログラムもその場でお渡しいたしますし、座席にも御自由にお座りいただけます、と。いやー、こんなこともあるのですね。嬉しい限り。御来場をお待ち申し上げております、と素直に言いました。

とはいえ、2年前よりも集客力には不安があることはたしか。出演者の人数、うちの学年のサークルとの関係の濃さ、春休み真っ盛りかつ3連休の中日という日取りetc。というわけで、これをお読みの皆さん、万難を排して御来場くださるようお願いいたします。それなりに広い会場なだけに、座席がある程度埋まっていないと見るも無残。。。
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2010.01.20
さて、どこぞのブログに、恋愛における「仕事と私どっちが大事なの」という問いについて論じられていたところ、ちょうど最近、知り合いとの間で一般論として同じ質問について次のようなやりとりをしたので、以下にその一部を掲載します。


先方の言い分(抜粋)

女の子が「仕事と私どっち」病にかかってしまったら悪循環しか生まれないんだよね。「仕事と私病」の女の子は相手の態度に不満を持っているわけで、相手の態度の細部から相手の気持ちを読み取ろうとして、結果「私のことあんまり好きじゃないのね」という結論に達する。その結論を持って彼氏と別れる決心をするんであれば問題ないんだけど、大抵の場合別れたくはないから、彼氏に対して態度の改善を求める。でも求め方がストレートではなく(これはストレートに求めるとかえって嫌われるかもというおそれ故だったり、プライドだったりする)、インプリシットに表現しようとする。男性はそのメッセージに気付かないか、気づいても面倒に思って対応しないことが多く、その態度にまたはがゆくなった女性がついに「仕事と私どっちが大事なの?私のこと好きじゃないの?好きだったら仕事前倒しにできるんじゃないの?」という発言をすることになる。この時既に女性の問題意識は態度の改善ではなくて、自分のことを本当に好きなのか、という確認にすり替わっていて、それが本当の目的であることに注意。
女性は内心、男性がメッセージに対応しない=気持ちがやや冷めている という事実に気付いているし、その発言が状況を悪くすることもわかってはいるんだけど、じゃあどうする、という回答を持っていないからお決まりのフレーズを叫んで発散するしかなくなる。男性はさらに冷める。という悪循環。

では、どうしたらこの循環を止められるか。男性サイドとしては、相手から不満のメッセージを感じたら、別れたくないのであれば(別れたくないだけ好きか、別れる労力の方が大きいと感じるかのどっちかだと思うけど)そのメッセージをきちんと拾って、一度時間をかけて思いっきり女性に対して優しくしまくって、ほんとに好きなんだ、ということを態度で示す。言葉だけじゃなくてね!で、女性を安心させることが大事。仕事に対する態度を恒久的に改める必要はなくて集中的に優しくして、「好きだ」ということを現すこと。女性の真の目的は態度の改善(仕事の時間を短縮すること)ではなくて自分のことを好きだと確認することだから。
もしメッセージを感じた時に、対応することの方が面倒だと思ったのならさっさと別れた方がお互い幸せなのかもね。

女性サイドとしては、仕事で忙しいこと=自分のことを好きじゃない という方程式を安易に適応せずに少しペイシャントになって、趣味とか他のことに気をむけたりしつつ(他の人とデートしてみるのもいい気晴らしかもしれない)、生活に占める彼氏の割合を減らすのが一オプション。それでも不満が募るのであれば、「仕事と私」の発言の前に、もう少し具体的に一度何が不満かをはっきり言った方がいいんだろね(相手の人のタイプにもよるけど、ただ気付いてないだけのケースもあるから)。あとは、行動で相手の気持ちが高まるよう努力して、戻ってくるのであればOK、戻ってこないと感じたら見限る勇気も大事。見限るアクションで男性が急に態度を改めることもあるだろうしね。




ボクの反応(抜粋)

1.件の愚問(「仕事と私どっちが大事なの」)

(1)基本的方針
「仕事か私か」の問いが、必ずしもその問いに対する直接の答えを求めているものではないとしたら、おっしゃるとおり、「自分はこのような現状から、自分があなたに好かれていないのではないかとの疑念を抱いている。真相いかん。」という問いを発するべきであり、逆に言えば、そういう問いが発されない限り、(女性側が望む意味における)建設的な議論はできませんよね。建設的な議論など求めていないのであるとの反論もあり得るところかとは思いますが、男性側にしてみれば、建設的な議論をできないような問いを投げかけられること(及びそれに十分な回答を用意できないこと)そのものが不快であるのであって、そこは建設的な議論を導くことのできるような問いを投げかけることが重要だと思うのです。まぁ男女の仲になってからも建設的な議論をすべきだというボクみたいな考え方は少数派かもしれませんが。

(2)愚問に対するあり得べき反論
そして、建設的な議論を望むボクみたいな人間からしてみると、「仕事か私か」と問われたとき、当然「私」と即答されることを期待されていることを察知しつつも、冷静になってしまう自分というのがきっといて、仮に「仕事か私か」という問いが、いまこの瞬間に優先すべきは仕事と考えるか私と考えるかという問いと同値だとすれば、そんなもの「仕事」と答えざるを得ない時だって往々にしてあるよね、と言いたくなっちゃいますよね。だって、じゃぁ仕事になど一切行かず、いつも2人で一緒にいることがお互いに可能かといえば、不可能なのは自明であって、その観点から、所詮「仕事か私か」という問いは程度問題でしかないわけです。もっと言ってしまえば、「仕事か私か」の問いに対して「私」と答えてもらうことを望む女性だって、ろくすっぽ仕事もしないでいつも自分にまとわりついてばかりいる男性については、たとえそのまとわりつく態度が極めて紳士的で、慈愛に満ちあふれているものだったとしても、魅力を感じないのではないかと思うんですよね。


2.理想の関係

(1)基本的方針
なんだかだんだん極論に走り始めてしまった気はしますが、肝は「お互いに自分の世界を大事にできる関係」ということかなと。自分の世界というのは、時に仕事であり、時に友人関係であり、何かしらそこに彼氏or彼女の姿のないものということです。その意味で、●●さんが女性サイドのオプションとして挙げていらした「趣味とか他のことに気をむける」というのは、方向性としてアリだと思います。「自分の世界」があることによって高められている自分というのは絶対にあるはずで、彼氏or彼女たるものその「高められている自分」を尊重し合うことで、お互いに更に高め合うことができる、つまり「win-winの関係」を築くことができると思うんですよねー。平たく言ってしまえば、女友達の少ない(女友達からは好かれない)女の子と付き合いたいかと聞かれたら、答えは「NO」だということです。

(2)傾向と対策
で、こういう論点があることを共有されないまま、「仕事か私か」という問いが発されたことをもって何らかの危険を感じたからといって、相手を満足させるだけに「好きだ」ということを単に示すということがはたして正しいかというと、ちょっと違うだろうと思うんですよね。まぁ、上述の論点を共有することができないのであれば、そもそも付き合っていくことの意味を改めて自問した方が良いでしょうし。付き合っていくとしたら、なおさら、その後のためにこういう論点について相互理解を発展させていくことがなにより重要だと思うのですねぇ。いかがでしょうか。

というのは時々あります。話し言葉ではなく書き言葉で。「開始できる」とか。「開始することができる」か「開始される」のいずれかだろうと思うのです。まぁこの手のものは数限りなくあるので、いちいち気に留めてもいられないのですが、今日目にした日本語がこれ。
 

加速化


いま、タイプして一発で変換できたので、ビックリしたのですが、ボクだってそんな日本語ないなどと言うつもりは毛頭ありません。その意味するところは、だんだんスピードが速くなるようにするという意味ですね。ただ、今日ボクが目にした例もそうですが、多くの場合、そんなに複雑なことを言おうとする場面であることはなく、単にだんだんスピードが速くなること意味します。その場合、単に「加速」と言えば済むだけの話で、思いっきり「化」に二重線を引いてやりました。そもそも、ある場面において、厳密な意味で「加速」ではなく「加速化」でなければならないなどと全うに主張することが可能な場合など、あまりないでしょうしね。

と、なんだかマニアックで気違いみたいな記事になりましたが、この手の話、大好きです。最近その傾向に拍車がかかっているけれど。
ネットで恐ろしく安く買えるのですね。知りませんでした。洋服とかも、多少安く手に入るものはあるけれど、誤差の範囲だと思い、香水も似たようなものかと思ったのが甘かったですね。従来、地元の香水屋さんがオリジナルで作っているものを使っていたので、そもそもネットで香水を買うということ自体考えなかったわけだけれども、今回、前のがなくなって、普通に売っているものを買おうと思って、普通に店頭で売っているものを買ったわけです。で、帰って、この香水の評判はどうなんだろうと思って検索をかけたが最後、出るわ出るわ安い値段が。だいぶ損した気分です。

でもまぁ、前のが完全になくなるまで何もしないでいたので、おかげで買った日から使うことができたので、そこだけは良かったのですが。でも、その差額、たった数日早くから使えることの代償として払うにはちょっと大きすぎる。なんて、こんなところでケチケチしたって仕方ないと思えという自分もいるのですが、こんなところだからこそケチケチするわけで。

最近読んでいるとある小説に、「これまで小説に書かれたり、芝居に為組(しく)まれたりしている守銭奴は、殆ど絶待的(ぜったいてき)な奴ばかりのようである。活きた、金を溜める男には、実際そうでないのが多い。けちな癖に、女には目がないとか、不思議に食奢(くいおごり)だけはするとかいうのがそれである。」というフレーズがあり、なんとなくそれを思い出しました。念のため断っておきますが、というかこれだけゴチャゴチャ書いて説得力がないと思われるかもしれませんが、単に思い出したというだけであって、ボクは決してけちなわけではありません。笑
http://www.wine-bourgogne.com/
maison


久しぶりに行ってまいりました。神楽坂から50mぐらい路地を入ったところにある、ブルゴーニュ地方のワインと料理を供するビストロです。細い路地に面しており、お店の中も2つのスペースに区切られていることもあってだだっ広い感じはまったくなく、落ち着いて食事を楽しむことができます。とはいえ、大理石風のテーブルは、クロスをかけられることもなく剥き出しだし、フランス人のギャルソンは片言の日本語を一生懸命喋っていて好感が持てるし、まったく気取ったところのないお店です。

今日は、プリフィックスで、牛のトリップの煮込み(スペイン料理屋でトマト煮込みは食べたことあるけど、普通のだしの煮込みは初めて。美味しかったです。)、マグロのソテーのエシャロットソースがけ、子羊のローストのクロケット添え(このクロケットがなんとカレー風味でびっくり。)、洋ナシとキャラメルのババロアを頂いてまいりました。どれも美味しかった。アラカルトでは、岩手産の生ガキなんかも出していました。

神楽坂には、御贔屓のビストロがもう2軒あるのですが、とにかくここはその名のとおりブルゴーニュのワインをたくさん置いているところが良いです。料理は、伝統的なブルゴーニュのものというよりは、シェフの手によるアレンジもたくさん入っているけど、それはそれでまた違う楽しみを教えてもらえる感じだし。単にブルゴーニュワインが好きだというだけなのだと思いますが。そんなことないか。ボルドーも、秋ぐらいに飲んだラグランジュの風味が忘れられません。お店で飲もうとすると、結構年代モノしか置いていなかったりして(メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュにも、78年と85年しかなかった…。)、とてもそんなものには手が出ないので、2003年(欧州の記録的猛暑の年)とかのを楽しませていただきたいのだけど。。。

と、いつも外食するたびに何か書こうと思うものの、ちゃんと書かなくちゃ気が済まなくて結局書かずじまいなので、とりえず適当なレビューを書いてみる練習。情報はいろいろ足りませんが、というか、料理についてのコメントはもっと書きたいところではありますが、とりあえず。
2010.01.10 トム・ロビン
トム・ロビン シェービングジェル 150ml





ただのフランスかぶれに見えるかもしれませんが、そうではありません。トム・ロビンの洗顔料。半年以上前から使っている洗顔料なのですが、これに変えてから、吹き出物一つできないので気に入っています。そんなに大きくない割に、いわゆるドラッグストアで特売しているようなものに比べると割高なのですが、1回に使う量はそれほど多くしなくても事足りるので、費用対効果はそんなに悪くないと思います。というわけで、なくなりそうだったので、2本目を購入。洗顔料も、良いものを買うと効果が上がるものだというのを実感させられておりますです、はい。試供品をもらったので、もし良かったら、同じトム・ロビンの保湿ジェルも買おうかしら。暖房の影響もあるものの、最近、朝起きると顔がパリパリです。
七草がゆを食べる日も過ぎ、世間の新年モードもだいぶ落ち着いてきたので、喪中だった人たちに寒中見舞いの葉書を出そうと、買い物に出かけた。今回に限らず、便箋やら封筒やらを求めるときにもいつも感じることであるが、男性にも使いやすいデザインであって、かつ単純な無地ではないもの、という条件を満たす製品はおそろしく少ない。単純な無地では、ちょっと芸がないと思うこともあれば、若々しさに欠けると思うこともあり、そういう場合には、何か模様や絵柄の入ったデザインを選びたいと思うものだが、なかなかめぐり合わなくていつも苦労する。

その原因は何かというと、単純な話で、おそらくメーカー側がその手の製品に男性客を見込んでいないということなのだろう。そこまではわかるのだけど、彼らがどうして男性客を見込まないのかがよくわからない。男性は、手紙や葉書を書かないものなのでしょうか。お金を入れたりするのに封筒(というかポチ袋)を使わないものなのでしょうか。手紙や葉書に関しては、そりゃぁたしかに奥さんが代わりに礼状を書いておくというパターンもあるだろうから、書く絶対量は女性の方が多いのかもしれないけど、それにしても男性も書くでしょうよ。お金についても、男性だからといって裸の紙幣を人に渡すorATMの横に備え付けてある無味乾燥な安っぽい封筒を使う、ということではないでしょう。

まぁ、おとなしく無地のものを使え、と言われればそれまでだけど、そこに甘んじるのも、ここまでくるとちょっと癪に障るわけで、レターセットとか葉書類がたくさん置いてあるお店を通りかかると、つい目を奪われ、使えそうなデザインのものを探してしまいがちです。
思ったことを書けば良いのだから、そんなことは起こらない、というのがブログの達人である友人の言葉だったが、やっぱりそんなことないのではないかと思う。一言で言ってしまえば、この場に書くに値することを考えなかった日というのもある。この場に書くに値するか否かすら考えずに、とにかくあったことを書けば良いのであると言われればそれまでかもしれないけど、「あったこと」と一言に言っても、いつぞやのイチゴのショートケーキの話のように、与太話から頭の体操に発展し、それなりにいろいろ考えるに至ることを話す日もあれば、いろんな人といろんなことを喋ったけど、ここに書くのはちょっと違うかなという日もある。ちょっと違うかなという趣旨は、とりあえずその場しのぎで話を合わせていただけで自分自身まったく好奇心を刺激されなかったからここに書くに及ばない場合と、いろいろ真面目に考えさせられてしまったので簡単に言葉にするのが憚られてしまう場合とがある。後者の場合、もう少し踏ん張って頑張って言葉にしてみることで、新たに得られることももちろんあると思うのだけど、それはそれで大きなエネルギーが必要になるわけで。

と、ブログを書こうとして書くことがないことに気付き、書くことがないという現象について思ったことをそのまま書いたわけだけれども、文章としてはまったく面白くないですね。知っています。ブログの在り方というのがいまひとつ定まらないけど、どうしましょうかね。本やCD、映画の紹介に特化するwebページというのを中高時代に立ち上げていたことはあるのだけど、そういう紹介も、ある種、簡単に言葉にするのが憚られる類の文章という感じがしている。もっともっと感じたことはあるはずなのに、文章にするとどうしてこうなってしまうんだろう、的な。その試行錯誤を繰り返していくことで文章力も成長していくのだとは思うのだけど、なかなか。それよりは、何か面白いことがあったときに、それにちゃんと気付いてここに書くことができるように、観察眼を磨いた方が近道かもしれませんね。
2010.01.05 年賀状
最近は枚数もだいぶ増え、管理だけでも一苦労なのですが、どうして5日になって、こちらからは出していない人から届くのでしょうね…5日なんかになってシコシコ年賀状を書くことになろうとは…。25日までに出すように言われて、26日や27日になってみんな慌てだすというのはお決まりですが、1週間前に同じ気持ちになって、1週間前にその作業をするというのは、人間の性質上ムリなのでしょうね、きっと。やはり物事、期限を決めるというのは大事なことなんだなぁと実感。ちなみに、今回はちゃんと25日までにすべて出しました。相変わらず宛名は手書き(だいぶ雑だけど)。相変わらず一言コメント入り。果たしていつまで続くでしょうか。
2010.01.03 恭賀新年
というわけで、本年もよろしくお願いいたします。twitterでもつぶやいたのですが、「2010年」という響きはたしかに近未来的であるものの、それはみんなが言っていることなのである種耳慣れた響きには既になっていて、それに比べると、耳に新しいという意味では「平成22年」という響きの方が新鮮ですね。これは、普段から「平成」を使うことが多いがゆえかもしれませんが。

閑話休題。2009年を振り返る作業はしなかったのですが、皆さんこぞってなさっているように、2010年の展望を以下に少し。1月or2月、もしかしたら久しぶりに出張があるかもしれません。行っても行かなくてもどっちでもいいやぐらいにしか思ってはいないのだけど、普段とは違う環境で過ごす時間というのは、それはそれで貴重なことであることは間違いないので、行くことになったら一生懸命働いてこようと思います。3月頭からオフィスを離れてひたすら研修を受けることになります。今のオフィスでは、素晴らしい先輩に恵まれたので、お別れはかなり寂しいですが、まぁ仕方ないですね。春なのに、お別れですか、春なのに、春なのに、ため息また一つ by 柏原芳恵。それと同時に一人暮らしのマンションを離れて、2年ぶりに実家に戻る予定です。もう一つ、3月には大イベント。2年ぶりの演奏会。ビラをせっせとお配りしていますが、ぜひ聴きにいらしてください。2年前同様、サロンよりはちょっと広い会場なので、お客さんがいないとちょっと無惨な感じになります。。。4月、25歳になります。5月、このまま行けばゴールドの免許を取得。6月、会社の採用のお手伝いで、また東京のオフィスに戻ります。7月、参議院議員選挙が報道されているとおり11日に行われるのであればそれには投票し、下旬に出国、一路フランスへ。フランス国内でどこに滞在されるかは未定ですが、夏の間は、南の方で語学学校にでも通おうかと。10月には、ショパンコンクールを聴きに行きたいですね。3次と本選ぐらいを予定。うまく取れるかわからないけど(一般個人向けのチケットの発売は2月1日から)。

そんな2010年、引越しが少なくとも2回というとんでもない年になりそうです。送別会、大歓迎。埋まらないうちに、ボクの日程を押さえてください、なんちゃって。笑 ブログも、細々と続けていこうと思います。twitterとの棲み分けについては、ちょっとまだよくわからないけど、気の向くままに。昨年末の高校の同窓会で、時事ネタに関する記事が上から目線だという指摘を受けたのですが、まぁそれはそれでこのブログの持ち味だろうと開き直って、特に意識することなく書き続けようと思います。感じが悪いとお思いになる方は、そっとブックマークから削除してください。苦笑
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