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2008.01.31 最後の授業
本来なら、今日の2限が最後。
それはもぐっている大学院の授業なので、
最後に授業がもぐりかーという感じだった。
ところが、3日前に急遽ゼミの補講が決まる。

3学期にわたって同じ教授のゼミを取り続けたので、
この授業は割と自分のホームという感じがする。
そういう授業が学生生活最後の授業でよかった。ホントに。

しかも補講で後が詰まっていないというのをいいことに、
13時10分に始まり、終わったのが17時10分。その間休憩なし。
いや、たしかに通常の時間割でも16時40分までだけどさ、
それでも30分も長いし、休憩時間まったくないとかおかしいし。

まぁそれだけ教授も絶好調だったということもあり、
教授の機嫌は良くて、話も結構面白くてよかった。
そしてなにより補講のため任意参加だったということで、
人数がいつもの半分ぐらいだったのが良かった。
あれぐらいの方がやる気でるというかちゃんと聞くというか、
要するに「ゼミやってます」という実感を伴う。

4時間ぶっ通しはきつかったけど、
ちょっと頑張ってる感のある今日の授業が最後でよかった。
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突然「嫌われるのが怖くなる」瞬間というのがある。
そうなると、どうやって友達に接していいのか、ひどく迷う。
むやみに声かけしない方がいいんじゃないだろうかとか、
かといってそれじゃぁ急に距離を置き始めたみたいじゃないかとか、
いやでも声かけしなくても向こうからしてくれることに期待すべきかとか。

こういう自分は普通じゃないんじゃないかと思う。
でも、それって結局は自分が特別だという人間の甘えた思い込みであって、
言葉に表す方法こそ違えど、みんな似たような感覚を持ってるんだろう。
言葉に表す方法が違うからこそ、似ていることが分からないだけで。

こういうことを誰かに喋りかけてよく言われるのが、
「友達と恋人を混同しているんじゃないか」ということ。
ということは、やっぱり自分は世の平均よりも、
wetな友達付き合いをしがちだということだろうか。
しがちというより、求めているというべきか。わかんないけど。

でも、こういうモノの考え方をしている以上、
「wetな人間関係」と「安心しきれる人間関係」って、
決して両立できない気がするが。それでもwetを求めるのか。謎。
2008.01.29 複数のブログ
を使い分けてみたい。
ブログは何個も作ってきたけど、どれも重複はしてない。
あるブログをやめて、このブログに移る、みたいなのばっかり。
ちなみにこのブログは、たぶん6個目。どんだけー。

で、勧められて「はてな」のアカウントを取得してみた。
取得してみたはいいものの、どうやって使おう、みたいな。
既にこのブログにはごちゃまぜになんでもかんでも書いてるし。
毎日統一感のある内容の記事を書くのとか難しそうだし、
だいたいからしてそんなことできるネタの種類がないし。

だいたいからして、このブログも気付けばカテゴリー多すぎ。
バイトとかカテキョとかインターンとか、一つにすれば良かった。
むしろ「生活」と「鑑賞」を全部一つにすればいいって?
それ言えてる。
何人かで喋る、というのは3年生の時からうちのゼミの伝統。
仲の良さの種類は去年と今年でだいぶ違う気がするけど、
今日も、ゼミが終わってから3人でゴハンを食べながら喋る。

と、その前に。
ゼミがいくら終わらなかったからって、
3日前になって突然補講(2限連続)を決めるというのもすごい話。
そして、なによりビックリなのが、そんな無計画性を、
この自分が許容しているということ。教授、すごい。笑

で、喋る。
話のテンポが比較的近い3人だったので、ポンポン言葉が出る。
相手が考えていることをわかっていても、それが言葉にされるのを待つ、
ということは多いし、それが普通だと思っているから、
そのことについて不満はないけど、速い人と話すのは心地良い。

いろいろ喋ったけど、結局自分の好きな種類の話題に終始。
「相手は嫌いかもしれないな、この手の話題」という心配は、
常に頭をよぎってはいるものの、あまり気にしなくなった。
本当に嫌いだろうと思ったら話さなくなった、というか。
ちょっとバランスをとれるようになってきたのかな。

それにしても、自分の好きな話題になると、
当然に自分が話す量が多くなるわけで。
それだけ他人に情報をあげると、次に同じ人と話す機会が来た時、
「こないだ自分がこう言ったのを相手が覚えていたら、
 いまの自分の発言は、こういう類推を経由して、
 こういう風にとられるのかもしれない。そんなことないのに。」

みたいな場面が増えるような気する。
それを自分が気にしだすことは容易に想像できて、それは厄介だけど、
まぁそれ以上に、いま喋るということの効用を重視することにする。

あと懸念すべきは、喋る人がいると環境に身を置くと、
大学に入ってからその環境には恵まれ続けていると思うけど、
つい甘えが出て、喋らなくてもいいことを喋ること。

こればかりは致し方ない。
その環境を失うことのない程度にセーブすることは必要だけど。
その見極め、どうやれば上手くいくのか。永遠の課題だ。
「中高ミッション校で左っぽい教育を叩き込まれたはずなのに、
自分の考え方はちょっと右っぽいものを持っていて、
それを貫いて生きているところは共感できる」


とは、今日とある友人から言われたセリフ。
ん、まず、僕は外から見て右っぽく見えるんだろうか。
まぁ客観的に、就職先の候補として考えていたところを見て、
ということだったらいいとして、それ以外だったらどうしよう。笑

その話をして達した結論は、
自分は左っぽくはないけど、左の人が言うこと考えることは、
ホントによく理解はできるということ。それも珍しいのかも。
たしかに言われてみると、自分と異なる立場の人が何を言ってるか、
理解している(つもりになっている)人は少ないのかもしれない。

なんかブログにこういう一見デリケートな内容を書くのも変な感じ。
網棚に置いた荷物を電車内に忘れました。
網棚は割と日常的に使うほうで、忘れることとかないんだけど、
降車直前までMP3プレーヤーをいじっていたこと、
置いた荷物が非常に軽かったこと、が原因と思われます。

横浜から東横線急行に乗り、中目黒で下車。
改札を出たところで気が付き、駅員さんに駆け込む。
その場で渋谷駅に電話をかけてもらい、チェックしてもらう。
待つ。折り返し電話が来る。渋谷駅では見つけ切れなかった。
折り返しの元町・中華街行きが中目黒に着いたとき、
中目黒駅の駅員さんが探してくれる。見つかった。

というわけで、電車の中に忘れ物をしたのに、
降りた駅で、降りた10分後にちゃんと手元に届く、
という稀有な体験を致しました。いやぁ、すごい。
何がって、電話とか鉄道運行システムとかいった類の利器たち。笑

これでしばらく網棚に荷物は忘れない。
あ、1回東京駅でパソコンを忘れたことがあったっけ。
東京駅が終点だったらから電車はしばらく止まってて、
車内整備が終わってから、取りに戻ることができたんだけど。
(車内整備終了をホームで待つ時間:約10分)

うん、懲りてない。
いつが最後になるんだろう、とヒヤヒヤする時期になってきた。
今日は、可愛いサークルの後輩が声をかけてくれたので、
大学近くで夜にゴハンを食べることに。
さらに2人も駆けつけてくれたようで、4人でワイワイ飲んできました。

ランチにはたまーに使っていた「炙りBar」。
夜は行ったことなくて、いつか行ってみようと思っていたので、
行けて良かった☆ 図らずも焼肉を楽しんでしまいました。
効かない無煙ロースターの下で、黒豚をボーボー燃やしながら。汗

こうして今ある付き合いの範疇で気軽に会うということすら、
だんだん出来なくなってしまうのかと思うと、残念でたまらない。
そりゃぁ不可能になるわけじゃないから、心がけはするだろうけど、
それでもどうしたって頻度は落ちてしまうわけで。うーん。

だから、この時期に、っていう今夜の企画はすごく良かったです。
ゴハン一緒に食べたことない後輩もいたりとかして、新鮮で。
思えばみんな揃うのなんていつも演奏会のときぐらいだから、
そういう場を離れて、フツーに飲み会とかやるのもいいなぁ、と。
大人数で何かやるのとか普段だったら面倒くさいんだけど、
それもこの時期の感傷がなせる業でしょうか。飲み会やろう。
組曲に含まれるのは3曲。

そのうち1曲目の3分の1ぐらいまでしか出来なかった。

こんなんで本番には間に合うんだろうか。

直前にはソロの追い込みをしなければいけないのに、きっと。

あと何回合わせるんだろう。毎週合わせたとしてもあと6回。

あれ、2曲しか終わらない計算じゃん。ホントに危機的かもしれない。
2008.01.23 『北斎茶房』
20080123235313.jpg



錦糸町駅北口・徒歩約7分

あんみつがウリの甘味処。
とはいえ、お酒も飲めます、おつまみもあります。釜飯もあります。
今回は、釜飯(真鯛としらす、真鯛とみそ、博多明太子の3種)と、
特製あんみつ、わらびもち、大納言アイス、白玉パフェをいただきました。
こう書くとめっちゃ大食いみたいだけど、数人でシェアです、どれも。

で、写真は特製あんみつ。
うん、これはうまい。まず、かける黒蜜がいい。
芳醇な甘さを持っているくせに、濃さが適度。食べやすい。
あとはあんこは普通にレベル高いし、白玉も大きくてgood。
フルーツも種類が豊富で、たいへん美味しくいただけました。

甘味の種類が結構多いから、
ウリと言われても、あんみつ以外のものに目が行きがちだったけど、
これは頼んでみて良かった。正解。パフェは最近多いし、
最近多いだけに、なんとなくミーハーな感じがしちゃうしね。

他に、特筆に値するのは、わらび餅。
あれだけ食感を極限まで追求できたわらび餅も珍しい。
一口目は感動すら覚えた。数量限定なので、お早めに。

釜飯も、おこげができやすい釜を使ってたみたいで、
いい感じにできてました。種類も豊富で選ぶのが楽しい☆
ブログに写真を載せる人、結構多い。
行ったところの風景だったり、新しく買ったものだったり、
外で食べて美味しかったものだったり、載せる写真は人それぞれ。

で、そういうブログは見やすいし、情報量は格段に多いし、
とってもいいと思うんだけど、いざ自分でやろうとして思うこと。
アップロードするのとかはラクにできるように、
各ブログサービスもよく工夫できているとは思うんだけど、
デジカメの写真をPCに入れるのがそもそも面倒じゃないか?

USBケーブルだしーの、それをつなぎーの、
デジカメをカバンから引っ張りだしーの、という一連の作業。
しかも、面倒くさくなってしばらく溜めると、
まったく関係ない複数のジャンルの写真が一括保存されるので、
その後、フォルダ分けをするのがまた面倒くさい。
もはや、入れっぱなしでフォルダ分けすらしてないけど、最近は。

予め登録してあるPCの半径5m以内に近づくと、
勝手に無線で写真のデータを送ってくれるデジカメ、
とかできないかなぁ。MP3とかについてもまったく同じ。
機械買っても、あんまり入れなかったら意味ないっつーの。
なかなか対応できないというのは恐い話だ。ってか、もったいない。
今日、急にゼミが休講に。わかったのは開講予定2時間前。

ゼミ直前の授業後、廊下で友達にばったり会い、コピー屋さんへ。
僕もちょっとコピーするものがあったし、彼も大量のコピーがあったので、
それを手伝うという目的も兼ねて、7円コピーのお店へ。
学生は結構知ってるものと思いきや、知らなかったみたいで感謝される。

そのまま図書館へ向かうと、サークルの友達やら、
あるはずだったゼミがなくて暇をもてあましたゼミのメンバーやら。
だから読むはずだったものも読まず、やるはずだったこともやらず、
ただひたすら喋って1時間を過ごしてしまう。

そうこうしているうちに約束の時間になって、先輩とゴハン。
ゼミが休講になった途端にこうやって新たな予定を入れる自分、
すごいなぁと思ったり、あきれたり。まぁ治らないね、この性分は。

ゴハンだけ食べて1時間半くらいでさくっと帰ったのは良かったが、
せっかく早く帰ってやることやる時間ができたのに、
テレビをつけるとソファから立ち上がれない。いつものパターン。

だから結局やること始めるのが遅くなって寝るのが遅くなる。
まぁ6時間寝られるんだから、他人から見たらマシなんだろうけどさ。
絶対明日の朝が眠いし。
でも、にもかかわらずやることをやった自分を褒めてあげます。
生卵が落ちてくるって、どういうトラップでしょうか。
えーっと、つい先ほど我が家で起こったことですが。
しかも、家族はみんな寝静まった深夜に。

要するに、卵パック(12個入り、未開封)の上に、
前のパックの残り1個を乗せていたようで。
そりゃあんた、コロンブスの卵なんていうくらいなんだから、
平面の上に卵を乗せたら転がるに決まってるじゃないか。

僕はお風呂上がりに冷たい麦茶を飲もうと思っただけなのに。
なんでよなよな台所の床なんぞを拭かなきゃいけないんだ。
しかも布巾じゃなくて大量のティッシュペーパーで。
しかも落ちたのがカーペットの上だったから、
絶対卵の成分しみついてるぞー。もう知らない。ふん。
サークルの演奏会。
これを終えると残すは卒演のみで、先輩や後輩と共演するのは最後。
歴代会長4人で2台8手をやるという楽しい企画もあったし、
ソロはここまで避け続けてきたモーツァルトを選んだ。

避け続けてきたのは、まさに音色と歌い方で勝負をしなくてはいけない、
単純で美しい旋律を、聴かせることなんか出来ないから。
「出来ない」という思いは今でも全然変わらないけど、
まったく弾かないまま卒業するのもなぁ、ってことで選曲。

実際には、思うように練習時間がとれず、今までにない練習不足。
もはやあまりに練習していないから、上手くいく期待もなく、
だからかえって緊張すらしていないというひどい有り様。
だって、目は卒演に向いちゃうんだもん。仕方ないじゃん。

弾き始めると、第一楽章は普段ぐらいの流れに乗れる。
これは思ったよりいいかもしれない、とか思いながら弾く。
でも一方で「そんなこと思ってると慢心するぞ」、
と冷静に自己を戒める自分もいる。なかなか珍しい。

第三楽章になると、ついに指が回らなくなる。
三連符がとっても汚くなってしまったことに動揺し、
逆に指まで回らなくなったわけで、慢心のせいじゃない。
要するに集中力が切れたのか、と。20分はステージに立てないのかな。
となると卒演が思いやられる。

こんな感じだったけど、「音がきれいだった」と複数のお声をいただく。
もう4年生という立場なので、ほとんどお世辞だとわかりつつも、
どこを挙げるかを考えて「音」を褒めてもらえるのは正直うれしい。
というか、モーツァルトを弾いて褒めてもらえるなんて思ってなかった。

人間、調子がいいもので褒められると弾きたくなる。
イ短調も大好きなんだけど、あれは一平さんのテーマだしなぁ。
他人のテーマになるほどその人に定着している曲を弾くのはリスキーだ。
そうじゃなかったら、卒演のプログラムを変え……ないよね、やっぱ。
ゼミの課題。

事前にある参考文献について、みんながコメントを書いているので、
自分の担当箇所についてのコメントに対し、コメント返しをする。
持ち時間は1チーム15分から20分。うちは4人だから1人4分から5分。

担当箇所についてはよく読んで、参考文献まであたること、
とされているけど、だって1人4分か5分なんでしょ、と言いたくなる。
テキトーに考えれば、喋れるじゃないか、5分くらい。
というわけで、コメント返しはかなりテキトーになる模様。
今日、メンバーに催促されてやっと取り上げるコメントを決めました。

テキトーな発表をテキトーじゃなく見せる単純な方法。
レジュメを作る。
ぬはは。
適当。
河東 哲夫
草思社
2005年

ずーっと前から存在は知っていたけど、別に手に取らなかった本。
出版元の草思社があんなことになったので、という理由で購入。
絶版になっちゃったから手に入りませんという状況は、
本にしても楽譜にしても往々にしてあるので、そうならないうちに。

肝心の内容は、かなり親しみやすく書かれている。
親しみやすくを越えて、あえて俗っぽく書いている部分もあったりして、
そういうところに疑問を感じることもあったのだけど、
仕事紹介という点では割と面白く書けているのでは、という印象。

各章も内容が独立していて、わかりやすい。各章の構成はいいのだけれど、
なんでこの順番にしたんだろう、と思わなくはない。
政策的な内容と、そうでない内容が混然としていて、主張がわかりにくい。
もっとも、単に読み物として、電車の中で一章ずつこなしていくには、
かなり適している本だともいえると思う。

いずれにせよ、本を読むのが人一倍遅い自分でもさくっと読めた軽い本。
ご関心の方は(ご関心は持っていただきたいが)手にとってみては。
相田みつを美術館(東京国際フォーラムB1F)


それぞれにおなじみの二人の作品のコラボレーション。
改めて並べられてみると、似た概念を扱った作品が多いことに気付き、
それだけでも新鮮な驚きだったのに、二人の見方の違いも際立つ。

バックグラウンドに持つ宗教も、かたやキリスト教、かたや仏教。
そういう固定観念に縛られて見たつもりはないけれど、
それぞれどことなく納得できるものもあるような。
自分は特定の宗教に帰依しているわけではないけれど、
人間を突き動かす「より大いなる存在」というのはあるのかな、と。
というか、そういうモノがあるとどこかで思いながら生きているな、と。
それはあくまで自分の話だけど、そういう生き方は悪くないと思う。

相田みつをの作品を改めてたくさん見ると、
出逢いを題材にした作品が思った以上に多くて、驚いた。
驚いたというか、彼の選ぶ言葉にはっとさせられたというか。
僕は日頃から「日々のさまざまな出逢いに感謝する」と言って憚らないけど、
そういう趣旨のことを、もっと力強く発しているのが印象的だった。
たしかにそうだよね、言葉にしてくれてありがとう、みたいな。

もう一つ、僕の目に止まった題材は「我慢」。
愚痴一つこぼさずに耐えるのが美徳だと歌ったフレーズもあれば、
別に愚痴っちゃえばいいじゃんというメッセージの作品もある。
後者を目にすると気持ちが楽になるけど、短時間で前者も目にすると、
こういうふうに思う人だっているんだから愚痴っちゃダメだ、
とか思ってしまう自分ははたしてMなのだろうか。
そう思ったってことをこういうふうに言葉にしている時点で、
愚痴りたいけど愚痴っちゃいけないのわかってるから愚痴らないんだ、
ということをアピールしているのと変わりないかな、と思う。

少なくとも、自分に与えてもらうメッセージとしては、
前者のほうがより建設的だと思うので、そういう意味では、
前者のほうが見ていてすがすがしい気分になったし、
そういうメッセージは日頃から忘れずにいたいなぁと思った。
そう思って、その作品の絵葉書を買ってしまうあたり、
まだまだ未熟だなと思わなくもなかったけど、そこは素直に買ってみた。
手帳にでも挟んでおこう。
そのことが気がかりでしょうがない。
昨日までは連休だったので、結構昼まで寝てたりとかして、
今日、ゆうべの夜更かしと今朝の早起きがたたって、4時間半睡眠に。
たった一日なのに、それが気になってしょうがない。

気になるというか、
「いま、自分は眠いはずだ!」
みたいに自分で自分に勝手に暗示をかけているというか。
だから、朝の電車も寝ようとして、でも寝付けなくて、
結局本も読めず、音楽も聴けず、ただ目をつぶって過ごしたし。

たしかに、帰りの電車は座ったとたん寝そうになったから、
もちろん睡眠時間は足りてはいないんだと思うけど、
昨日まであんだけ寝てたんだから、急に寝不足に陥ることはないはず。
なのに、寝てない気になって勝手に欲求不満になって、
というこの身体は結構めんどくさい。

仕事始まったら、毎日こういう状況ってことじゃないか。
コーヒーがんがん入れればどうにかなるんだろうか。淡い期待。
それとも、それが普通になってなんにも気にならなくなるのかな。
現実的な期待。
何を? 欲しいケータイを。

近日発売のD705iμ!
まだ発売されていないんだけど、ビックカメラで実物を拝見。
やっぱりケータイはもうストレートしか使えません。
2つ折りは開け閉めがめんどくさいし、ボタン同士が遠い。
そして、ストレートはなんといってもスタイリッシュだし。

いやぁ、7シリーズデビューするのはかなり癪だけど、
でもD705iμはいいね。カッコイイ。やばい。
Dって中のソフトは何と一緒なんだろ?
ボタン表示はSONYとも似ていたけど、使い勝手は気になるところ。

ただ、購入に踏み切れない理由が2点。
・その後にもう一機種ストレートが発売予定であること
・いまのケータイは時間経ったけど特段の不満はないこと
さらにもう1点あげるとすれば、
・年度の変わり目は支出がやたらとかさむこと
うーん、カッコイイのが出たのは2年ぶりなんだけどなぁ。悩む。
なんと「萬寿を飲む会」。
というわけで、久保田萬寿をいただいてきました!
いやね、ノドごしが全っ然違う、他のお酒と。
なーんの刺激もなく、ツルツルっと胃に入っていく感じ。

そんなもんだから、気付くと流し込んでいて恐い。
そして結構すぐに酔いが回ってきてしまって、
哀しいかな、こんなに美味しいお酒を前にしたとしても、
やっぱり日本酒は量いけないんだなぁっていうのを再確認。

なんでかなぁ。匂いは強いと思うけど、別に全然嫌いじゃないんだけど。
まぁじゃぁ日本酒は萬寿みたいに良質の純米酒だけをチビチビ飲むとし、
ワインの勉強でもしっかりしてみようかしら。
ワインスクールなんか面白いんじゃないか、とか
結構ムダなことを考えてしまう今日この頃。いつ行くんだ。
サークルの定例会である。

それに合わせて午前中は2台8手の練習である。
が、一名病欠のため延期。急遽、演奏会のプログラムのホチキス止め。
定例会が始まっても下級生の集まりは悪い。成人式前々日だからか。
結果、妙に年寄り連中(3年生以上)が騒がしかった会室。
下級生はうざいと思ったかなぁ。まぁそんなもんか、土曜なんて。

仕事しながらぎゃぁぎゃぁ喋り、
仕事が終わったら、画伯や七並べやスピードで遊びました。
間には懐かしのビスコを頬張りながら。意外とおいしい。こんな味だっけ。
演奏会のプログラムについては、2台8手のメンツをツッコまれました。
っていうか1人来てたから、楽譜持ってけば良かった。
そしてバラ3が間に合わない。バッハはもっと間に合わない。あーぁ。

家で夕飯を食べると宣言してしまった手前、
結構普通の時間に帰宅したのですが、母は既に夕飯を済ませていて。
なんだ、それだったら別に早めに帰る必要なかったじゃないか、
と思いつつ、黙っておいしそうにホワイトシチューをいただきました。

そのあと、テレビをつけてしまったのが運のツキ。
ふしぎ発見を見てアフリカにますます行ってみたくなり、
図らずも「バブルへGO!」を見てしまい(しかも意外と面白かった)、
そのままスマステで泣ける洋画ランキングとかを見ました。
そのほかにもいろいろ見た気がしますが、あまりに見すぎて、
もはや中身は覚えていません。おかげで目がカラカラ。

というわけで、あわよくば今日読み終わるはずだった課題は、
まったく進まず。残りの2日にかかることになりました。
明日も明後日も外出の予定なのに、どうするんだろう。

そして、こんな日記を「ピアノ」カテゴリに分類していいものか。
一応サークルの話もでてくるけどさ。
そうそう、いいかげん「未分類」ってのをどうにかしよう。
手帳を買いました。

前にも書いたように、今まではずーっと4月始まりを使ってた。
だって学生だし、毎日の過ごし方が大きく変わるのは4月だし。
で、ずーっと4月始まりだったから1月始まりに変えるのに抵抗もあり、
今度の4月からは毎日の過ごし方が大きく変わりすぎるので、
どんな手帳買えばいいのかわかんないなってのもあり、
昨年末には毎年のように物色するだけで、買わなかったのでした。

でも、毎年物色しながら買ってしまいたいとは思っていて、
今年は社会人になるんだから1月始まりに変えるなら今年じゃないか、
とか思ったりもして、ついに買うことに決めたのでした。衝動的に。
幸いにも物色はよーくしてあったので、買う手帳は即決。

今夜は、いまの手帳の中身を新しい手帳に書き写したりしました。
なんだかんだ手帳が好き。
手帳が好きというか、手帳にモノを書くのが好き。
半年に1冊とかでもいいんじゃないか?
といっても、昨日早起き遅寝だったせいか、13時過ぎ起床。

お昼を食べ、ピアノをちょびっと触る。
パソコンを開いて、卒演のプログラムを流す。
いいかげんゼミの文献を読まなくちゃいけなくて、
ひっさしぶりに自宅で読書なんて粋なことをする。

読もうと思っていたところまで進まなかったけど、
夕方になっちゃったから、またピアノをちょろっと触る。
最近、ちょろっと触ればいいと思っているのか、
それともちょろっと触るだけでも精一杯なのか、
いわゆるガチで練習というのに縁遠い。先が思いやられる。

夕飯を食べ、テレビを見て、再び読書。
とりあえず読もうと思っていたところまで読んだので、
割と早い時間ではあったけど、続きは放棄。明日の電車の中へ。

明日は初授業だったりする。
法学部にしては珍しく、他学部より休みが長い☆
今日は内定先の会社の健康診断やら写真撮影やら語学試験やら。

朝9時15分集合。早い。
典型的な寝正月のせいで夜は早い時間に寝付くことができず、
結局かなりの寝不足のまま朝を迎える。ぁーん。
おまけに健康診断のために朝食抜き。お茶も飲まなかった。
実は飲んでも良かったんじゃないか疑惑があるが、とにかくthirsty。

尿検査しーの(会社の廊下を尿の入った紙コップを持って歩くあの違和感)、
レントゲンとりーの、血とられーの(3本、超大量!)、
聴診器あてられーの、血圧はかりーの、視力はかりーの。
視力は自分で勝手にやる自動の機械だった。ビックリ。
写真撮影は、身分証用のもの。2桁年数使うとか使わないとか。
老けてidentifyできなかったら、もはやIDカードの意味をなさないじゃないか。

ランチは、会社の近くに新しくできたビルで。
仕事が始まったらここでランチを食べられるのだろうか。
いや、期待はしないでおこう。有機野菜のランチプレート☆
で、またOLとか言われるんだろうね、こういうこと書くと。

午後は、語学の試験。
面接だけのはずで、喋れませーん☆で済むはず。だった。
筆記試験はないはず。だった。だから勉強なんて、しなかった。

筆記、あるじゃん

ディクテーションから自由作文から和文仏訳まで、
ありとあらゆるタイプの筆記試験がありました。聞いてない。
筆記試験の対策なんかまったくしていなかったから、
条件法の活用すら危うかったほど。接続法は、確信犯的無視。
もう初心者クラスでいいです。基礎からたたきこんでください。

仏和辞典は最低2冊。和仏辞典1冊。声を出してくれる電子辞書1つ。
あわよくばロベール仏和大辞典(25,000円也)。
これはどうせ2年後までには必要になるから買っておけば、とのこと。
電子辞書ぐらいは買わなきゃと思っていたけど、予想以上。
ロベール買うのかー、ロワイヤルの中辞典ぐらいでいいかと思ってた。
この際、朝倉文法なぞもそろえてしまおうか。本棚はいい感じになるし。

夕方は、寮の見物に行く。水回りが共同だけど、割と快適そう。
でもそこは一番人気の寮で激戦必至。うーん、住環境悪いな、やっぱ。
夜は飲み会。最近、このメンバーで飲むのにも慣れてきた。
アウェーがだいぶホームに近づいてきた。
危険運転致死傷罪は適用にならなかったよっていう判決について。
いや、正確にいうと、その判決に関する報道について。

ニュースの論調は「7年半なんて短い!」というもの。
もちろんNHKの解説なんかはそんなに単調じゃなくって、
ちゃんと危険運転致死傷罪成立の要件を説明した上で、
「今回はその要件を満たさないということになって、
過失で最高刑の7年半になりました」っていう解説をしてるんだけど。

その手の解説からにじみでてくるメッセージは、
「要件を満たさないと判断するなんて裁判所は甘い!」というもの。
そりゃぁ国民感情からすれば、被告にはもっと厳しい刑を、
というほうが共感を得られやすいんだろうけど、ちょっとどうなの。

もちろん判決文には世相を反映させる役割は自然とあるけれど、
裁判官がきちんと法律に則った判断をするというのが法治国家。
その「法律」が極端に厳しい要件を定めていたら、
その要件を満たしているとは、裁判官でも判断するのが難しい。
逆に要件を満たしていないのに、裁判官が恣意的に「満たしている」、
と判断できてしまったら、そんな恐ろしい世の中ないぞ。

ニュースがメッセージを発するとしたら、
裁判官がそういう判断をしたことを批判する方向ではなく、
裁判官すらそういう判断をせざるを得なかった法制に対する批判、だろ。

現にインタビューを受けた専門家も
「裁判官の裁量に委ねられた罪とはいっても…」という言い方をしていたし。
あの報道の仕方だと専門家のその言い回しも、法律を知らない人には、
ニュアンスが伝わらなくなっちゃうと思うんだけどなぁ。
改善できるものってあるんですね。

サークルの卒演のプログラム。
先日エントリーを締め切り、編成作業を開始。
自分で1時間くらいかけて原案を作成。それを役員で話し合う。

過去に1年間かけて7個の演奏会プログラム作成にかかわったけど、
話し合えば、プログラムのパターンがいくらでもでてくる。
夕方カフェで始まった打ち合わせは、4時間近くに及び大激論。
原案に手を入れに入れ、もはや原型をとどめないくらいに試行錯誤。

わかったことは、考えれば考えるほどいろんな妙案が浮かぶということ。
当たり前のようでいて、仕事をしていた1年間では気付かされなかった。
答えがあるものだと思っていたし、その答えを出せているつもりだった。
考えてみれば、並び替えだけですごい数になるんだから、当然か。

これって、実生活を送る上での感覚としても大事だなって。
自分は自他ともに認める「時間で動く人間」であって、
何かをとことん考え抜いて最高の品質を求めるという作業に不向きだ。
~までに終わらせないから、とりあえずここで形にまとめる、
とかそういう見切りが必要な仕事の方が得意だし好きだ。
だから、考えれば考えるほど状況がよくなるっていうのは新鮮だった。

今の自分にはなくて、かつ必要なものを、
ひょんなところから勉強させてもらいました。
それにしても、図らずも自分にプレッシャーをかけることになった。
むむむ。
「読書」というカテゴリー。

最近、本を読むペースが遅いから、書くことにないだろうと思って。
さすが、自分のことは自分が一番よくわかるとはよく言ったもので、
その通りの結果になっている。読み終わった本が全然増えない。
読むべき本ばかり増える。3月までに読むためにとりあえず買うので、
まさに積ん読状態。財布ばかりが圧迫される。

仲の良い友達で「文章読むの割と速いよ」と言う友達と、
新書1ページを読む速さを比べっこしてみたことがある。
同時に同じページを読み、読み終わったら彼がページを捲る、
という方法で比べっこをしたのだけど、僕がまだ1/3ページのとこで、
彼がページを捲ってしまった。

そりゃぁね、彼は速い方なんだろうけどさ、
それでもこの世に自分の3倍の速さで本を読む人間がいるという衝撃。
絶対不公平でしょ。彼はその分よく吸収できないとか言ってたけど、
はじめのインプットの量の差というのは絶対的だと思う。

ただ読むのが遅いだけでなく、本を読まない今日この頃。
まず家では読めなくなったし、頼みの電車も第二のベッドに。
読みたい本はいっぱいあるし、Newsweekは日本語版はひどくても、
英語版はそれなりだということがわかったから、それも読みたいし。

本ってどうやって読めばいいのだろうか、
と、学生生活最後の3ヵ月にして学生にもっとも必要なスキルが欲しい。
そんなごたいそうなもんじゃなく。

ちょっとオフィシャルな感じの飲み会やパーティーを翌日に控えた日。
そんな日によく耳にするこんなせりふ。

「明日って私服でいいのかな?」

思うに(←法学部っぽい☆笑)、ここで意図されているのは、
「明日はスーツで行く必要があるのだろうか」というニュアンス。
この手のせりふを聞くと、いつもなんとなくもどかしくなる。
というのも、「私服ってスーツの対義語なのか?」という疑問のため。

私服って、おそらく制服の対義語として用いられると思う。
制服のあった中高時代は少なくともそうだったし、
制服のある職場とかだったとしても、それは同じだろう。
制服のある環境で、何を着るかを選ぶ権利は自分にはない。

ところが。スーツだったら、自分で選んだものを着るじゃないか。
たしかに、スーツを着るか着ないかという点に選択の余地はないけど、
制服と同じじゃないだろ、というのが僕が日頃思っていること。
だから、私服私服っていうけどスーツも私服じゃね?と思う。

スーツを着ながら「やっぱ私服の方がラクだよねー」。
あんたの着ているスーツも立派な私服だよ、という主張、
間違ってますかねぇ?
このブログはリアルタイムで更新されてません。
いっつも、ある日の夜に時間を設定して投稿して、
投稿日とされている日の出来事を書くということをしています。
そんなことができるとなると、忙しいと当然書かなくなるわけで。
1月4日付のこの記事も、書いているのは1月8日だったりします。

この日は、大叔母3の家へ。
大叔母3の息子夫妻、娘、孫3人も来ているということで。
大学生と高校生のはとこと話すのは結構久しぶり。
いつのまにか敬語を使われるようになっていて、気味悪かったです。
もちろんやめろと一喝入れておきましたが。
4歳のはとこに会うのははじめて。生意気そうな年頃でした。

昼にうなぎを食べて、午後はお茶を飲みながら歓談。
帰宅してから祖父も言っていたけど、はとこをよく知ってるって、
ある種の異常事態なような気がする。
祖父の分析によれば、普通、親世代になっていとこと交流がないって。
たしかにそうだろう。我が家でそれを可能せしめているのは、
祖母兄弟の仲の良さではなかろうか。大叔父もわざわざ来たし。

そういう親戚付き合いって、
大人になってからまでベタベタするのとかめんどくさそう、
とずっと思っていたし、今でも結構そう思うけど、
こうやってたまーに会うのも悪くないな、と思ってしまった。
うちの祖母です。

今日は叔父一家を送り出してから、家でのんびり。
夕方になり、叔父一家が新しいテレビを買ったというのを受けて、
昨日から電気屋の広告が話題になっていたので、
冷やかしに見に行くという名目で祖父とお出掛け。

はい、お買い上げです。
祖父は、僕が来たのが良い機会なんだと言い訳してたけど。
東芝のレグザ(HDD内臓タイプ)をなんと13万5000円で。
ダイニングのテーブル横に置くだけだから、32型でいいんだとか。
店員さんもとっても親切でいい感じの人でした。
絶対営業成績一番だよね、と祖父と話してしまうほど。

さらにさらに、広告に載っていたiPod shuffleを購入。
これは台所仕事をしながら音楽を聴きたいという祖母のために。
7,480円って書いてあったのに、レジで9,800円と言われたから、
聞いてみると、7,480円はセット価格なんだとか。

つまり、別の会社のプニプニしたイヤホン1つに、
さらにiTunes Store用の1,500円分のクーポンを加えると、
9,800円のものが7,480円になりますよ、ということらしい。
意味わかんない。もちろんセットにしてもらいました。

で、帰宅。夕飯を食べてから、
冬ソナアルバムやら、NHK名曲アルバムやらのCDを取り込む。
それをshuffleに移す。祖母に使い方を教える。音が鳴り出す。
祖母、大喜び。意外と普通にはしゃいでくれました。

というわけで、なんだかんだ今日も親戚孝行してるんだろうか。
いや、お年玉もらっちゃったから、そうも言っていられない。
11時起床。初夢? 覚えてないよ、そんなもん。
自分の初夢はこんなだったってきちんと説明できる日本人、
1000万人もいるだろうか? いないに一票。無理だよ、そんなの。

で、おせち&お雑煮を食べて、車で出掛ける。
大叔父の家に行ったら留守だったので、車を置いて、
近所の有名な神社におまいりに行く。戻ると大叔母1が帰宅。
大叔父と娘たちは、車で大叔母2のお見舞いに行ったとのこと。

どうせお見舞いには行くつもりだったので、
大叔母1への挨拶もそこそこに車をかっとばして病院へ。
ちなみにかっとばしたのは僕ではなくて祖父です。
入社前に事故って内定取り消しとかたまんない。3月までは絶対乗らん。

病院に到着。出入り口で大叔父一家とすれちがって挨拶。
大叔母2は僕が行ったらビックリしてて、最初わかんなかったようだけど、
最終的にはちゃんと認識してくれたみたい。
昏睡に近いものと思っていたのに、モノも話せて、安心。

食料品を買って帰宅すると、20分後に叔父一家が到着。
早めの夕飯をみんなで囲み、食後は祖父と叔父と話しこむ。
日付が変わるぐらいまで話したかなぁ。
こんな機会なかなかないから不思議な感覚ではあったけど、
なかなか出来なくなることをやっておくというのは良いこと。

お風呂に入って、就寝。
お風呂場にバスタオルを持っていき忘れて大変だったというのは、
ここだけの秘密。まったく新年早々なにやってるんだか。
先が思いやられる。
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