上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007.12.12 同情欲求
人間が、同情なんかされたくもないと思うとき、
同情ぐらいしてもらいたいという気持ちも併存していると思う。

ただ、社会的により良いものとして受容されやすいのが、
「同情なんかされたくない」、つまりは
「他人様に同情していただくなんてみっともない、申し訳ない」
のほうだから、そっちの方がより認識されやすいだけだと思う。
そりゃ「同情してもらおう」なんて思う気持ちは、
どれだけ浅ましく、かつ自虐的に見えるかという話。

だから、同情と結びつきやすいワードは一切使わずに、
同情しているというメッセージを伝えると、
そのとき相手は満たされるんだと思う。
同情をしてもらえている知って、辛くなることはないだろう。
同情という言葉が悪いだけで、シンパシーに変えたら、ほら。

だからなんだというわけでもないけど、ちょっと考えただけ。
スポンサーサイト
2007.12.12 英語昼食
2限。いつもの教授の大学院の授業にもぐっている。
今日はゲストトーク。教授の留学時代のご学友で、UPENの教授。
さらにさらに、そのあとはボランティアの学生数人と教授達とランチ。
ボランティアというのは、要するに質問のサクラまがいの人たち。
あらかじめゲストの論文を読んで、意見交換とかをした数人。
モグリのくせに、名指しされてボランティアもやっていたのであります。

いやぁ、残り少ない学生生活でこういう機会を与えてもらうのは、
実にありがたい。本当にありがたい。
いかんせん、英語トークについていくのが大変だったけど。
というか、半分ぐらいはついていけてなかったけど。
概要把握で精一杯。ディテールまでは頭に入りまへん。
というか、ずっと集中力を維持して聞くことができまへん。

13時で失礼します、と宣言していたものの、
なんか面白かったから3限はブッチする。
どうせテスト受けないことにしたからいいんだ、別に。
東南アジア、授業自体は面白いから、聞きたかったんだけど。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。